| 助走 | |
| 18:00 会社が終わり、心の中では一気に南国ムードが高まった。ロッカーにしまってあったリュックと着替え一式を担いで 急いでエレベーターへ。 羽田空港へ走る魂を一生懸命追いかけた。 もう、電車の中でも前に向かって走りたい気分。 18:30 浜松町で航空券を手に入れる。航空券を手に入れた時のこの嬉しさは、ホント何度味わっても良いものだ。モノレールの ホームで並ぶ人々は、サラリーマン、若いカップル、おじいさん、子供連れの家族などなど。 「サラリーマンのおじさん、悪いね〜。私は遊びに行くのですよ。」と思いながら 向かいに座ったおじさんをチラリと見やった。 スーツから私服に着替えなければならない。モノレールの中で、とりあえず靴下だけ履き替えた。靴も履き替えたかったが、“スーツにサンダル”は変と思い、やめた。(よく考えると、「スーツに赤いリュック+ウェストポーチ+着替え用の紙袋」という姿は 既に十分変な格好であった。) 19:00 羽田空港到着。早速 着替える。空港は空調も効いているし、東京の天気は曇りだし、とても南国ムードではないのだがそんなことは関係ない。 19:30 当座の食料を買い込み、搭乗口に向かう。満席ではないが、かなりの搭乗率。 20:00 飛行機はほぼ時刻通り飛び立った。沖縄に向かってひとっ飛び。大事なビールを買い忘れたことに気づく。まーいいか。 22:30 那覇は暑かった。やはり暑かった。空港から出るバスがあるかどうかが気になったが、22:45 124系統のバス 知花行きがあった。やはり飛行機に合わせてバスが出ていた。名古屋からの便も同じ頃に到着したらしかった。我々の目的地は泊港近くの宿「民宿 北岸(ほくがん)」である。バスは泊港近くの泊高橋(とまりたかはし)を通るので、安心して乗ることができた。 バスは国際通りを通っていく。人は多い。暑い中、道端にたむろしている人々。美味しい香りが漂ってきそうな、店のネオン。 バスのガラスたった一枚で隔たっているのだが、残念ながら届かない。。。バスはあっという間に国際通りを過ぎ、左折した。 仲村橋バス停で降りてしまった。バスの電光掲示板が「泊高橋」だったので、勘違いしてしまったのだ。 沖縄の街に降り立った。熱気が 伝わる。500mほど余計に歩くことになってしまい、少しだけ気まずかった。 23:15 民宿がみつからない。泊港と「とまりん」を目印に歩いていったが分からない。。。迷って「ひこ」という飲み屋の前でたたずんだり。 宿に電話を数回かけて、なんとか見つかった。しっかし、民宿 北岸(ほくがん)はわかりづらい。。。 建物の表に「北岸」という看板はあるのだが、 その建物の下には調理場。入り口はない。。。。 うろうろとうろつきまわり、裏の階段が入り口らしいことに気がつく。本当に普通の民家の外階段だ。 2階が受付らしいのだが、これも普通の家のドア。 恐る恐るベルを鳴らすと、ほどなく「はーい」とおばさんが出てきた。 ここが「北岸」の受付であった。 ふ、ふつうの家や。。。 部屋は3階。 8畳部屋+4畳くらいの小部屋だった。大きい。これで1泊3000円は安い。泊港付近にはあまり繁華街はないので、夜を楽しむには物足りないかもしれないが、なんと言ってもここ、泊は沖縄離島航路のスタート地点。胸が躍る。 23:30 そう言えば夕食をきちんと食べていなかった。泊北岸周辺を散策する。宿のおばさんには、開いている店があることを聞いていたので、その店を探しつつ。 |
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| 23:35 商店。懐かしい普通の商店である。「いらっしゃぁい」というおじさんの、眠そうなしかし明るい声。思わず「こんばんはあ」と返事が出る。古宇利島産のスイカ。小粒だが1kg300円。迷った末、ビールに向かう。棚に並ぶ泡盛に心を惹かれつつ、レジに行くとパックに入った しまらっきょうが3つ。150円なり。小粒だがしっかりとした臭いを発している感じ。迷わずゲット。 「おじさん、この店は朝何時から開いているの?」「8時くらいだけど、最近は疲れたから分からないなぁ〜 あっはっは」。。。大丈夫そうだ。このおじさんまだまだ元気! |
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| 23:45 民宿北岸の1Fにある弁当屋で、お腹にたまりそうなものを探す。あ、あれ? さっき一度入ったときにはあった惣菜がほとんどなくなっている。「ごめんさいねぇ。さっきまとめて買って行ったよ。」ガーン。。。ショック! 美味しそうなポーク、チャンプルーが。。。 そんなショック状態の我々を見てか、おばさんは「そばならあるよ。100円。」おばさんはポークを1枚サービスしてくれた。シンプル。 23:50 ささやかな夕食。しかし、オリオンビール・しまらっきょう・沖縄そば(&ポーク1枚)。沖縄料理のエッセンスがこのテーブルにはある! 明日に期待しながら“沖縄”を一気に平らげた。 |
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いよいよ粟国へ |
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| 7:10 起床。寝坊。「遅い!」と一喝される。旅先の朝としては遅すぎる!もったいない!すぐに外を見ると、フェリー「だいとう」が動いているのが見えた。14時間の航海を終えて泊港に入港したのである。南大東島で見た時の「だいとう」の勇姿を思い出した。 7:40 粟国行きの船は10:00。泊港付近を散策する。近くには外人墓地。さらに歩いていくと斜面に沖縄式の墓地が海に向かって並んでいた。朝の厳しい日差しの中、目を細くして眺める。来た。我は沖縄に来た。 |
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| 7:50 泊大橋を渡ることにする。泊大橋は、最も高いところで30mはあろうか。泊港に入る大きなフェリーも下を通れるようになっている。橋はトラックが通るとかなり揺れる。ちょっとしたジェットコースターのようなカーブと勾配だ。泊港北岸方面からは、途中の歩道橋から上がれる。50mおきくらいに展望スポットがあり、揺れと相まってなかなかの迫力である。那覇市内もかなり遠くまで見渡せる。なんと言っても、各離島行きの船を一望できることであろう。南北大東島へ行く「だいとう」、フェリー「くめじま」、「あぐに」、「ざまみ」、伊江島に向かう「あさひ」、「クイーンざまみ」、「とかしきマリンライナー」などなど。。。一方、海側(西側)をみれば、ケラマ諸島が一望できる。大きく横たわる渡嘉敷島、その前に見える前島など。。。空には雲がまだあるが、もう太陽はその力を発揮しようとしている。雲間の強い光線がその証拠だ。 泊大橋を歩くのには10分もあればよいだろう。南側に降りていくと公園がある。今年初めてのセミの声である。 |
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| 8:40 宿に戻り、出発の準備。下の弁当屋は9:00開店と聞いていたので、そこで朝食を調達して10:00の粟国行きフェリーまでにいただく計画だ。宿のおばちゃんは、「大東はサトウキビが有名だよ。工場もあるし。行ってらっしゃい!」と明るく見送ってくれた(思いっきり行き先を間違えているが、まあいいっか。大差ないや)。 | |
| 9:00 弁当屋では、近所の主婦だろうか。。5〜6名の女性達が忙しく調理をしていた。まさに”仕事してるぞっ”という感じだ!見ていて心地よい。弁当は400円。ボリュームにびっくり!A4サイズの器にぎっしりとご飯やおかずが詰まっている!さらに、「そば」か「ゆし豆腐」がつくのだ!我々が待っている間にもお客さんがひっきりなしに出入りしている。楽しい光景であった。 | ![]() |
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9:10 「とまりん」へ。泊港船客待合所である。2F以上はなにがあるのかよく知らないが、1Fには各離島航路の切符売り場と待合所がある。粟国行きの船の窓口がよく分からずうろついてしまった。船の発着場ではなく、切符は一カ所で売っているのであった。 9:20 弁当、すなわち朝食。ボリュームもあり味も家庭的で旨い。ゴーヤーチャンプルーが南の島の雰囲気を醸し出している。白身魚のフライや鶏肉など、などなど朝食にしては豪勢であった。400円は安すぎる!昨夜買っておいたミキは、、、あまりうまくなかった。 |
| 9:45 まもなく粟国行きの船が出る。「ゴーグルが売っていたよ」と言われる。そう言えば海に潜る用意はなにもしていなかった。なんとなく「粟国でもゴーグルくらいあるだろうし貸してもくれるだろう」なんて思いながらいたが、ここはちょっと立ち止まり、ゴーグルを買っていくこととした。この選択が正しかったことが後に分かることになる。 9:55 フェリーあぐに に乗る客は我々が最後のようであった。走って船に乗り込む。船は非常に綺麗であった。2002年8月に就航した新造船とのことであった。半年しか経っていない。昔のフェリーは揺れもひどく、欠航率も高かったそうであるが、これならば大丈夫であろう。 10:00 定刻にフェリーあぐには岸壁を離れた。誰かを見送りに来たのであろう女性が船に向かって手を振って何かを叫び続けている。飛行機や電車の見送りと違い、船の見送りは時間がかかる。「さようなら」と言ってからも10分は相対し続けなければならないのである。その余韻は、船ならでは。別れを十二分に楽しむことができる。逆に、軽い気持ちで見送りに来ると「速く船から見えなくならないかなぁ」と、ちょっとばかりいらつくことになるかもしれない。 |
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| 10:05 「めんそーれ むんじゅるの里 あぐに」フェリー粟国の後方甲板に張られている幕である。粟国にはなにがあるのだろう。何もないのだろうか。“粟国”と言われて出てくるのは「ナビィの恋」くらいだったのが予備知識である。しかし、飛行機の定期便本数は多いし、フェリーも451トンとほどよい大きさである。生活感のある島に違いない。 | ![]() |
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10:10 空が青い。果てしなく青い。この瞬間にここに居なければ絶対に味わうことのできない青さ。左手に、座間味に向かう「ふぇりーざまみ」の姿が見える。ふぇりーざまみ は徐々にこのフェリー粟国と方向を違え、慶良間諸島に向かっていく。ほぼ同時に泊港を出航した2隻の船は大きさも似ている。フェリー粟国は青ライン。ふぇりーざまみ は赤ラインだ。船の兄弟は「お互い頑張れよ!また泊で会おう!」といいつつ、それぞれの重要な仕事を果たしに航海に出る。 10:40 左手に、慶良間諸島が見える。渡嘉敷島はひときわ大きい。しかし、驚いたのがそれよりも大きく大きく見えたのが渡名喜島だった。渡名喜島は粟国島・久米島・慶良間諸島のちょうど間に位置している。どこからもよく見えるはずだ。交通アクセス的には最も隔絶されている渡名喜島はなんだか皮肉だ。 |
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| 10:45 粟国島が見えてきた。粟国は平坦な島だ。進行方向左に向かって若干高くなっている。それでも100mもあるかどうかだ。左側に上っていくには若干辛そうだが、今回は自転車で青空の下を軽やかに駆け回ろうと思う。 11:40 粟国は徐々に近づいてくる。だんだん大きくなる。地図上では小さい島でも、やはり島は大きい。島はどんなに面積が小さくとも「偉大」なのだ。偉大な存在の前に人間は小さい。生かされている。 12:15 フェリーが港に入っていく。大きな汽笛。町の建物全てがこちらを向いているようだ。双眼鏡で見ると今夜の宿「民宿 寿」が分かった。その他にもいくつかの民宿が港の近くに集まっている。人々が待合所から出てきた。暑い日差しの中フェリーを待つ人々。 12:20 粟国島に上陸。待合所にはポール牧。なぜ? |
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12:25 沖縄旅行で、久々のすばらしい晴天。青。青。青。青が満ち満ちている。近いので歩いて民宿に向かう。もう汗がにじみ出ている。ちょっとはずかしがりやのシーサーが出迎える。 |
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