| 12:30 寿の女主人は 忙しそうだったが、我々を快く歓迎してくれた。元気の良いおばさん。腕には「DENPO」の腕章。聞くと「今日は法事があって、電報が多いんだよ。また配りに行かなきゃ」と。電報配達の委託を受けているのだった。 |
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12:40 宿のユキさんがスイカを出してくれた。ゆきさんは、横浜から沖縄の島々を巡り、今はここにいるらしい。ここに来て3ヶ月だそうだ。「なぜここが気に入ったの?」「さあ。。何もないけどね。。」そんなものかもしれない。スイカの甘さに救われる。 |
島めぐり |
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| 12:45 同宿の、日に焼けた海人(うみんちゅ)のようなおじさん。聞くと、小笠原に住んでいるという。八重山出身ということもあり、毎夏に八重山を1ヶ月くらいかけて回っているのだという。非常にうらやましい。島で染めたTシャツに関心を示していた。緑色が美しい。「今まで回った中でどこがよかったですか?」「伊平屋だねぇ」 むむむ、これは通の意見かも。 | ![]() |
| 13:00 自転車を借りる。夏の沖縄は自転車に限る!?かな? まずは西に向かって自転車を進める。体力のあるうちに坂を上っておきたかった。 |
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13:10 「ナビィの恋」に出てきたような坂道を登っていく。一週間前に、「ナビィの恋」を見て粟国島を予習してきていたのだ。映画は少々色あせていたが、今目の前に広がる景色は原色。 13:20 村役場へ。今日は金曜日。ちょっと覗くと、やはりいぶかしげに見る職員達。もう慣れたものだ。スタスタと入って行き、ガイドマップなどを物色。あまり収穫がなかったのであっさりと役場を出、ふと後ろを見ると。役場入り口の窓に「夏祭り」とあった。お!これは明日の夜じゃないか!老人ホームあぐに で開催される。どんなものかは分からないが楽しそうじゃないか。 |
| 13:25 この島には「貝シーサー」が居る。性格に言えば巻貝などの貝殻や珊瑚を門柱の上に、あたかもシーサーのように置く様子なのだが、他の島では見られない光景である。また、街中はフクギが多く植えられている。 | ![]() |
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| 13:40 貯水地を過ぎたあたりで展望台を発見。この島の最高部ではないが、島の南東部を一望できる。展望台に至る道は木の橋が縦横に茂みの中を走っていて、ちょっとしたピクニック気分だ。猛暑を除いては。。。 | ![]() |
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13:50 放牧されている牛を見ながら、島最西端の筆ん崎(ふでんさき)に向かう。NTTの鉄塔が大きく見える。 14:00 シマイ御獄(うたき)が道の脇にあった。階段を数段上っていく。ある意味沖縄のどこにもありそうな御獄(うたき)だと思ったが、ここは違っていた。もう少しで御嶽の正面まで行こうとした途端、頭に何かを感じた。蜘蛛の巣だったのだ。蜘蛛の巣が道の真ん中に二重三重に重なっている。我々は先に進むのを断念。この御嶽は、蜘蛛に守られているのだ。神秘を感じた。 |
マハナ展望台 (筆ん崎) |
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14:10 もう我慢しきれない。道は海岸沿いを走っていないため、眼下の海の青さを見ることができない。ちょっと道を外れて、眼下の海を見る。美しいリーフ! 飛び込みたくなるような美しさである。少し沖合いでは、ダイビングが行われている。うらやましい。 |
| 14:30 マハナ展望台に到着。筆ん崎の真ん中にある2階建ての展望台だ。ここからは3方向に海が見えるのだ。展望台には若いおじさんが居た。昨日から粟国にいるらしい。もう全て見てしまったらしい。やはりこの展望台が良いらしい。だろうね。宿であったおじさんも来ていた。 | ![]() |
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| おじさんはフラフラと筆ん崎の端っこまで行き、柵を越えて崖沿いを歩いていた。こういうとき、不思議と危険な感じはしない。我々もその後、さくさくと歩き柵を越えて筆ん崎の端、すなわち粟国島の最西端、最高地点(96m)へ。眼下の白い岩と海。遥か遠方には久米島も見える。離島であって離島でない。近くに島がたくさんある安心感。しばし居眠り。 | |
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洞寺(てら) |
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| 14:50 一気に島を縦断し、北の洞寺(てら)へ向かう。途中でナビィロケ地のような場所が見えるが、本当のロケ地なのかどうなのかよく分からない。なぜかと言えば、この島全体が映画に溶け込んでいたからだ。 まあいい。それほど大きくないこの島のこと、明日もまた見にくればよいのだ。 | |
15:05 ほとんど下り道。時々迷って集落に飛び込みつつも洞寺(てら)へ。暑いが風が心地よい。海に向かって下っていく道の先に橙色の門屋根が見えてきた。あれが洞寺(てら)の入口だろう。キキキキーッっと自転車のブレーキがきしむ。 15:06 となりには、「むんじゅる節之碑」がある。 15:10 洞寺(てら)へは、急な階段を下りるようだ。階段の下にヤギの親子連れ。「食べちゃうぞ〜」とおおよそ正気とは思えない台詞を吐いたら奥に逃げて行ってしまった。少し進むと、またもや同宿のおじさんが、出てきた。「涼しかったよぉ」と一言。眼鏡が曇っていた。は、早く入りたい! |
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15:11 洞寺(てら)は、約200年間に居た 雲水和尚(うんすいおしょう)という僧侶が渡島してこの洞で読経ざんまいをしている内に亡くなり、ここが寺として祀られたのが始まりとされている。雲水和尚は、那覇の寺にいたころに同僚の僧侶と「水の上を渡れる・渡れない」で論争して実行したところ、あと一歩のところで水に足をついてしまったために粟国に流されてきたのだという。僧侶も流されてしまうのだ。。。 |
| 15:15 中に入ると、ホントヒヤッとする。それほど奥行きは感じられなかったが、高低差がある。正面の銅像を左に過ぎ、階段を下に下に進んでいく。奥へ奥へ。真っ暗な場所になってきた。時々洞窟の奥でボワーッと淡い色が見える。青だったり緑だったり。どうもそれらは設置された照明のようであったが、それにしてもどうやって設置したのだろうと思わせる。最深部は真っ暗。本当に何も見えない。一人ではちょっと辛いかも。雲水和尚はどこで修行をしていたのだろう。。。。 15:25 一旦戻り別の方向へ。拝所(うがんじょ)があった。逆方向もかなりの深さ。真っ赤に光る鍾乳洞がおどろおどろしい。あたかも仏像が並んでいるかのようだ。 15:30 一部に明るい光が。。。部分的に、天井がなくそのまま太陽光線がきらめいている。ふとその岩場の一角を見ると、煙が昇っている! 不思議な光景だ。。。 よくよく見ると水滴が太陽の照る岩に落ちすぐに蒸発しているのだった。幻想的な光景。そして、「上は暑いんだろうな・・・・」 |
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15:35 岩が形作る自然の造形を発見。シーサーのように見える。まさに、「洞寺(てら)シーサー」だ! 15:45 あきらめて地上に出る。今日のメガネ地方は曇り。なんという涼しさだったのだろう。。。この後、我々はあるものを求めさまようこととなる。。。。 |
| 16:30 探しに探した「浜売店」を発見。看板は良く見ると小さく出ていたが、全く視界に入らなかった。最近来た台風で看板が飛ばされたのだそうだ。売店のおばさんは私を見るなり「大丈夫?」と一言。僕の腕を見ている。「そんなに日焼けして、眠れなくなるよ」ともう一言。これはまずい。走り回っているうちに日焼け止めが取れてしまったようだ。島の人はこんな昼間に走り回ったりしないのだ。「塩工場ってどうやって行けばいいんでしょう?」 すると、おばさん「教えきれないさぁ〜」 ん?そんなに難しい道のりなのか? | ![]() |
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16:40 ビールを一気飲み。おいしい。眼下の粟国港を見ながらひと時の幸せを感じる。コロッケがまた美味しかった。粟国の塩を使った塩飴を舐めつつ、休憩。 17:00 一旦 「寿」に戻る。さすがに暑い。軽くシャワーを浴びて次の出発に備える。おじさんが戻ってきていた。洞寺(てら)からすぐに戻ってきたらしい。「これから粟国の塩研究所に行くんですよ。」というと、「おーこんなに暑いのにがんばるね!」とエールとも呆れともつかない台詞。こういうときは気合が入るんですよ。ええ。 ゆきさんの三線の音色を聞きながら、研究所へと出発した。 |
粟国の塩 |
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17:20 食堂ナビィを通過。残念ながら開いていなかった。明日行こうっと。 17:30 粟国の塩工場。正式には「沖縄海塩研究所」という。粟国島の北部、人家と離れたところに“工場”はある。代表の小渡幸信氏は平成6年4月に粟国島に塩工場を建設し、平成10年に法人化した。「粟国の塩」は全国的にも有名にである。全国の「ご当地塩」ブームの火付け役とも言える。 |
| ここの塩工場で圧巻なのは、高さ10mのブロックのビル「彩かんタワー」。中には竹がつるしてあり、ここに何度も海水を流して濃度を20%にする。 | ![]() |
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それから、釜炊き と 天日干しの2つの方法でそれぞれの塩ができる。釜炊きの場合、30時間もの間、焦がさないようにゆっくりと煮詰めるのだそうだ。「ミネラル分が抜けないようにしなければならないんですよ」と案内してくれたおじさんは語った。 |
| 最後の工程の 脱水層での乾燥。出来上がりの塩は、粒が粗く海水の恵みがはじけそうである。少し舐めさせてもらったが、しょっぱさと甘さが入り混じる美味しさである。 食卓塩と粟国の塩を直接「利き塩」して区別する自信はある。ただし、料理に入れてから「利き塩」して区別する自信は はっきり言ってない。それほど確実だけれど微妙な味なのである。 | ![]() |
| 17:40 事務所にちょっと入れてもらい、最後に話を聞く。「生命の源(いのちのみなもと)」をちょっと舐める。これは海水を1000倍以上濃縮した液体で、舐めた瞬間 私の命の源につきささるような味がした。一瞬、命が震えたのか 震えた命に自分が反応したのか分からなかった(要するに苦かった)。 17:50 研究所の奥に、海岸があった。北に開ける海岸。石灰岩の岩場が広がる。磯遊びをしている人たちが数名。暑い太陽も少しはやわらいできたようだ。しかし自分はバテ気味。よく耕された茶色い畑に伸びる自分の自転車の影と競争しながら宿に向かった。 |
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| 今日の終わり | |
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18:30 島の北側はソテツと岩が無造作に置かれている原野といった感じだった。少々寂しく人恋しくなりつつ宿に戻る。 |
| 宿の夕食は、マグロ刺身とあらの煮付け。ごはんにはキビが混ざっていた。魚料理中心のあっさりした食事だ。最近、旅に出ての食事は居酒屋とかが多かったのでこのような“民宿のシンプル夕食”は久しぶりだ。ビールは、おばさんが「売店で買ってきてもいいですよ。」とのことだったので浜売店で買ってきておいた。 | ![]() |
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19:00 夕食を片付け、夕日を見に外へ。さすがにこれから筆ん崎に行くのは困難だったため、港に出る。少しだけ涼しくなっていた。 港でしばしたたずむ。防波堤の上に上り、横になる。太陽は既に沈み、最後の光線を上空の雲に放っていた。薄いピンク色に染まった雲が美しい。空の水色が徐々に色を濃くしている。やがて海の青を通りこして黒くなっていくのである。一度黒さを追い越された海はちょっと遅れて黒くなっていく。しかし白波が月の明かりに照らされて時に姿を表すのである。満月に少し足りない月は、今日も我々をやさしく照らしていた。 21:00 就寝。 |
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