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旅行記

2002年7月5日〜7日に、青ヶ島を訪れた。「ヘリの予約が取りにくい」「船は欠航が多い」ということを聞いていたので、ヘリの搭乗日の1ヶ月前の予約開始日に、気合を入れて東邦航空に電話をして予約を入れた。
2002年7月5日

8:30
八丈空港に到着。ヘリの乗り場を聞くと、空港内の隅にあった。受け付けて荷物預け。乗客名簿を見ると、僕が電話予約トップのようだ。しばらく空港内散策。といっても大した大きさではないが。お土産店を物色。いよいよヘリに乗る、そして未知の島に向かうこと、帰れるのか分からないことなど、不安が入り混じる。

9:30
定員9名のヘリに乗りこむ。ヘリに乗るお客さんは8人。パイロットとアシスタントが1名ずつ。もう、楽しみなだけである。プロペラが回り始め、だんだん音が大きくなる。いよいよ、待ちに待った青ヶ島への旅行が始まる。機体は200mばかり滑走し、ふわっと飛んだのだった。滑走するんだね。振動が結構すごい。マッサージ「強」で20分といったところ。パイロットは体が悪くなるんでないかい?計器類は液晶ディスプレイになっているようで、新しいヘリである。隣に座ったおじさんは青ヶ島の人らしい。喜び、写真を撮りまくる自分を見ても無関心。少し恥ずかしかった。

9:35
雲の間を進んでいく。高度はおそらく3‐400mと思われる。海の青が非常にきれい。ヘリの影も写っている。やがて、それらしき島が見えてきた。正面は大きな棚状の台地になっているようだ。美しい。与那国の東崎(あがりざき)より美しい。ぜひ行ってみたい。まさに絶海の孤島だ。緑豊かな島。でも海岸線からはすぐ山になっており、海からの上陸は不可能に見える。外部との接触を拒むかのような地形。ここに200人あまりが住んでいるのだ。でも、ヘリはそんな海岸線をあっさりかわし、青ヶ島上空へ向かう。


私を下ろし、すばやく立ち去ったヘリコプター。
あさってはちゃんと来てくれよ!

9:40
島が更に近くに見えてきたと思ったらあっさりとへリポートに到着。青ヶ島に上陸! 乗客のうち、旅行者は自分を入れて3名だった。他の3名が青ヶ島の住民らしい。2名が仕事での来島の様。 しかし、昨日電話しておいたやよい荘の送迎らしき人がいない。すると、郵便局の局長らしき人が、「あんたたちどこの宿に行くのぉ?乗せてくよ。」と。思わず「やよい荘!」と叫んでしまいました。他の旅行者らしき2人も乗せて発進。郵便軽ワゴン車で3分。しかし、道は30度はあろうかという急勾配を下って上りました。。すごいところだ。。レンタカーを借りて、走れるのだろうか。。。。

10:00
やよい荘到着。 宿のおじいさんが、郵便局長に「なんか用か?」といった顔を見せる。おいおい、昨日の夜、おばあちゃんに予約の電話したじゃあないか。。。まあいいか。他にお客さんもいなさそうだし。

やよい荘のおばあちゃんは人のよさそうな方でした。車を借りようとすると、「まず役場に行って地図をもらってきなさいぃ!」。と命令されちまった。車で行きたかったのに。


お世話になった、民宿やよい荘

左にある建物が小中学校。道路が海に吸い込まれるようだ。
青ヶ島小中学校校庭。この海の先に八丈島がある。

10:20
役場には若い男女を含め12、3人はいるだろうか。いっせいに見られることもなく、淡々とガイドマップ等をもらえた。でも、やっぱり観光客が来ることは多くないのだろう。観光案内所はなかった。

還住像。天明の大噴火で非難した島民が戻ってきたことを示している。像の人は、船に乗っている。
10:45
車を借りる。車は軽ワゴン(マニュアル)。まず、おばあちゃんに「行きんしゃい!」と言われた大凸部(おおとんぶ)へ。道を間違える。全然看板がないので分からない。急な坂が通行止めになっている。これは、後に三宝港に通じる道と判明。しかし急な坂と思ったが、青ヶ島ではこういう坂が基本で、いたるところにありました。。。この島はマニュアル車じゃないと多分無理。

10:50
大凸部へ向かって車で行けるところまで行ったらUターンできなくなりそうになった。少し車を戻して駐車。そこから頂上まで15分くらい歩いただろうか。道が全然整備されていない。人の進入を阻むように道の真中に竹が生えていた。

11:00
大凸部(おおとんぶ)からの眺めは絶景の一言。二重式の火山(丸山)が一目で分かる。しばし感動。しかし、曇りの日には雲に隠れてしまうだろう。暑かったけど天気が良くて綺麗だった。後の2日間、大凸部は雲に隠れていたはずなので、本当に貴重な景色でした。すぐに来て正解。南の島らしい日差しを浴び、汗だくになりながら車へ。

大凸部(おおとんぶ)から池の沢(丸山)を見下ろす。絶景。

11:45
青ヶ島には食堂がないため、基本的に宿泊は3食付き。で、一時帰宅。お昼を食べに民宿に戻り、「水をください!」。すると、「おみゃぁ、飲み物は自分で買うんだよ。10歩も歩けば店があるから」。なるほど、島では水も貴重なのだ。そこで、島に2軒しかない商店の1つ十一屋商店でお茶を買う。ペットボトル2Lで350円也。

12:00
昼食中、ずっとおばあちゃんはしゃべっていた。小泉総理の態度が悪いと言っている。「今日船は。。」来るのかと聞きかけたところ、「今日は来んよ。」とブスリ。還往丸は欠航だった。船が来る、来ないでは島民の気持ちは全然違うのだ。昼食後、普通に昼寝した。「昼食後に昼寝」なんていつ以来だろう。。。

13:40
車で島をまわることにした。ガソリンが少なかったので入れることに。リッター190円。本当はレンタを借りる際に満タンで受け取るはずが、そうでなかったのだ。とりあえずレシートだけもらう。


外輪山の内側を這う様にして下る道のり。急で怖い。

14:00
車で観光開始。行き交う車はトラックが多い。平成流し坂トンネルに入る。急な下り。狭い上に反対側から続々と車が。。4台ほどやり過ごし、やっと通過。と思ったら、急坂はまだまだ続いた。対向車が来ても退避場所は少ない。おっかなびっくり降りていく。あっというまに二重式火山の下に降りた。

14:10
三宝港。波が荒い。天気が良くても船は来ない。大きなクレーンの下で数人が工事をしていた。外海に突き出たこの港は、本当に大変だろう。ここでもたくましく仕事が行われているのである。


三宝港(さんぽうこう)

14:30
池の沢に向かう道は狭くて急。

丸山の周りを一回り。島庁跡地(桜の名所)、噴火犠牲者の碑、いずれもなかなか分からなかった。。特に噴火犠牲者の碑は本当に小さく、少し寂しい思いがした。この島の歴史も風化していくのだろうか。


ふれあいサウナ。奥には塩の精製所がある。

サウナのそばにはネコがいっぱい。

15:00
ふれあいサウナ。熱いが気持ちよい。でも、サウナに入る前から汗だくだったけど。 やせるかな。

同じヘリで来ていた男性2人が、郵便局の若い職員と入ってきた。

15:15
冷たい水が非常にうまかった。サウナのおじさんに、大千代港まで行けるかどうか聞いてみた。「行けるところまで行けるよ」ともっともなお返事。「でもせっかくなんだから歩いたら?」とも。仰せの通り。でも今回の旅行に限っては、数週間前に腰を痛めていたこともあり、できる限り車で行くことを決意。


噴火犠牲者の碑。

大千代港に向かう道にある石碑。

16:30
丸山展望スポットは大千代港への道を少し入ったところ。ここなら曇りでもOK。ガイドブックには展望台とか横峰展望台と書いているが、単に道路の真中です。展望台は見当たらなかった。でも展望は最高。パイプ椅子かなにかを持ってきたかった。

17:00
大千代港へどこまで車で行けるのか分からないので、Uターンできる広い道を見つけては車を止め、次の広い道まで歩いた。数回続けると工事車両が止まっているところまで来た。丁度、工事車両を運転してきていた兄さんがいたので、聞いてみると、大千代港もうここから歩いてすぐとのこと。

ここは本当に険しい崖である。数年前に岩肌が崩落し、その復旧工事が続いている。階段がずっと下まで続いていたがこれ以上は行けなかった。自然の厳しさとそれに対抗、共存する人間のたくましさを感じた。

ここが第二の港になれば、船の欠航回数も減るのだろうが。。。しかしここは三宝港にも増してアプローチが難しいです。


大千代港に向かう道。

大千代港。荒波の太平洋に突き出ている。

美しい夕日。 になる少し前のキツイ西日。。。

17:20
日の入りが近づいてくる。夕日を見るために島の西側へ移動。居住地域を超えて神子展望広場へ。柵のはるか下方に海岸が見える。サウナで出会った、旅行者団体も来た。300mも下に港があり、天明の大噴火ではここから島民が脱出を図ったのだという。まだまだ日は高い。

17:45
金比羅神社を探す。へリポートの先にあると書いてある。行ってみるが、さて見つからない。代わりに牛がいた。夕日に映えて皮膚が黒光りしている。隣の建物は、どうも民家らしい。牛小屋もあり、更にもう一頭いた。一旦引き返し、もうひとつの道を進む。近づくと、あった。鳥居だ。間違いない。茂った道を進み、あまりきれいとは言えない社に着いた。ここが金比羅神社。金比羅祭りのときは賑わうようだが、今は誰もいない。

18:20
夕日。牛小屋のすぐ近くが絶景ポイント。もしここが私有地だったら、ごめんなさい。でも、本当に絶好の夕日ポイントです。

18:30
島唯一の居酒屋の外で飲み会が行われていた。三宝港や大千代港で働いていた人たちもいたことだろう。

18:50
夕食。アオダイの刺身。それから、やけに硬い、あわびのようなものの煮物。これは、クジラなのだそう。1年くらい前に、島に2頭クジラが打ち上げられてきたのを各戸で分けて保存しておいた貴重なものなのだとか。おばあさんは「なんじゃろねぇ〜」ばっかりで教えてもらえなかったが、おじさんからその話を聞いた。

20:30
おじさんと話す。やけに話が分かる。九州出身。7年くらい前まで川崎にいたそう。

「なぜ、伊豆”七島”なのか?」憤慨するおじさん。うむ、確かに。よく言われている伊豆七島に式根島が含まれていないことは知っていたが、青ヶ島も立派な伊豆諸島の一員であり独立した自治体を持ちながらも“七島”には含まれていない。

大千代港にトンネルを通す構想もあるようだ。しかし、大千代港自体の修復、開港が急務である。なんでも、崖崩れでは3名が亡くなったとのこと。

「いつ帰る?」と聞かれ、「7日にヘリで。」と。「(ヘリが)来たらな。まあ、ゆっくりして行けや」との返事。この島の人は、あきらめがよいというか、流れに任せるというか、、予定通り来た試しがない船に生活を委ねなければならないという日々を過ごすうちに醸成されてくるものなのだろうか。。東京都民でありながら、都会から距離を置かされている現実。自給自足もままならない島の恵み。自立の道を探ろうとしてもなかなかうまくいかない歯がゆさがこの島の人々には感じられた。
また、「どの島も、メインの集落は、本土の方を向いている。」とも。言われてみればそうかも知れない。独立しながらも常に中央に憧れを持っているものなのかもしれない。


やよい荘さんにあった、「雲海の中から顔を出す丸山」。非常にめずらしい光景だそうだ。

22:30
風が結構すごい。窓をがたがた。眠れない。明日、ヘリは飛ぶのだろうか。。。まあ、あさって飛べば自分的にはいいのだが、外部との交流がない日は気分も落ち込む。

1:30
眠れない。民宿の2階が貸し切り状態なのだが、広すぎて落ち着かないや。。



2002年7月6日

6:45
とりあえず朝一番でドライブ佐々木次郎太夫墓。なかなかみつからなかった。伊豆は、昔から本州との交流があったせいか、墓自体はどこにでも見られるもの。


尾上貯水池の上から集落を見る。。。しかし何も見えない。
7:00
尾上貯水池。車で行けるぎりぎりまで行ってしまった。もうひとつブロックを超えたらUターンできなくなっていた。なんとかUターンできたが、非常に怖かった。すごい霧。還往丸は今日も欠航との定時放送が流れた。密かに、「還往丸が来るなら今日乗ってしまおうか」と思っていたのだが「還往丸利用プラン」はあっさりと消え去った。明日朝、へりは大丈夫かな。。。私の周りを支配する霧を見ながら本気で心配に。

7:30
 おじいさんと、「今日はどこに行く」話をしていて、大里神社のことを尋ねたら、「ちょっくらいくか」ということでナビゲートしてもらった。私のような純粋島内観光の人間はあまりいないらしい。戻ってきて朝食。

8:00
昨日メインの観光は済ませたし、午前中は天候が良くなさそうだったので、ぐうたらになってきて、朝食後睡眠。のっそり起きだして宿帳をパラパラめくる。1人で観光に来ている人は13年1月から今まで20人くらいか。島旅フリークいないかな。自分の欄は少し強調&アピール。ミスターちんの名前を発見。驚き。仕事と書いているのに同行スタッフがいない。??

8:10
民宿からへリポートは良く見えている。これなら大丈夫かな。

9:20
ヘリを出迎えに。今日やよい荘に泊まる客がいたら送迎しちゃおうかと思ったが、いなかった。ヘリが来ると感動的。始めは音しか聞こえないが、あるとき突然姿を発見する。見る見るうちに大きくなり、ひょいっとへリポートに降り立った。積荷と乗客をいれかえ、さーっと離陸。5分くらいだろうか。外界との重要な接点である愛らんどしゃとるは、タッチアンドゴーで青ヶ島を去っていった。あっけなかった。降りた客は3人だけだった。


佐々木次郎太夫の家。玉石垣は八丈でも見られた光景。

10:00
佐々木次郎太夫の家。分かりにくい!道がない! おじいさんに教えてもらっていなければ絶対に入り口に気が付かなかった!雑草をがさがさかきわけて進む。途中で農作業をしているおばさんに聞くと、「ウチの畑を通っていけばよいのに」。。。早く言ってよぉ。結局、帰りは車も通れる道を帰りました。。牛が数頭いました。

11:00
大里神社に行こうと思ったが、行けなかった。。清受寺(せいじょじ)の裏から入っていくのが正当らしいが、草木が完璧に道を塞いでいて、ケモノ道さえも無かった。今朝おじいさんから教えてもらった道は、道路脇の壁の上を渡っていくのだが、手すりも無くあまりに怖くてギブアップ。

11:30
渡海神社には行けた。が、すごくわかりにくかった。。。丸石の階段であった。コケが生えていて滑りそうだったが、逆に歩きやすかった。


渡海神社。社はなく、鳥居が数本並んでいる。

やよい荘で借りたレンタカー!

13:30
十一商店のおばさんと話す。

青酎をみると、黒いラベル。不思議に思って聞いてみると、「この店だけ黒ラベルで35度なの」だそう。他の黄色ラベルは30度。ガイドブックも黄ラベルだった。味が色々な店で違うらしい。試飲させてもらった。においは結構きついが、飲んでみるとさっぱりしている。700ml2400円。

14:00
車を置けて、しかも見晴らしがよい場所というのがなかなかない。が、オススメは神子の横原展望広場か、へリポート。ゆっくりできます。


15:00
神子の横原展望台で昨日も来ていたおじさんとおしゃべり。 かみきり虫を取って役場に持っていくと10円もらえるとのこと。昔、かみきり虫で木が相当やられたかららしい。

教員夫婦がかみきり虫を捕まえにきていた。元気な夫婦。二人とも教師っぽい。

いい歯医者がこなくて大変らしい。昔来ていた腕の良い歯医者はどこかの山で遭難したらしい。「医者はみんな島のもんをバカにしておる。いいかげんな治療しかしない。」孤島では、医者にすぐかかれないし、医者を選べないのだ。定期的に来るという歯医者も、海が荒れれば来られないのだし。

近くで鳴いているメジロの鳴き声が美しかった。
散髪は、どうも得意な人がいるらしい。


神子の浦。(横原展望台より)


やよい荘からヘリポートに向かう道。傾斜30度はあろうかという急坂。2速では登れないぞ!

ガクアジサイ

美しい夕日。

18:00
久々に「腹の虫」がなる。今日は夕日が見えそう。

18:30
夕日。水平線から15°くらいまでは非常に強い太陽光が刺すのだが、水平線に近づくにつれて厚い雲が見えてきた。いつも島旅での朝日、夕日には裏切られてしまう。。しかし、色は非常に美しかった。

19:20
夕食。島寿司。アオゼという魚だと。(これは次の日の朝聞いた。)淡白で良かったが、米がちょっと軟らかすぎた。いなりの袋も、臭みが残っていて正直まずかった。。

21:00
早々と2階へ。正直言って明日の天気が気になる。ヘリは霧に弱いとのこと。なんとなく風が強くなってきた。でも、昨日の夜も同じだったぞ。「この季節、青ヶ島はそういう島なのだ。」と自分を慰めて寝床に就く。


夕焼け。島は、日中天気が良くても朝夕は雲に覆われることが多い。

23:30
目が醒める。外が気になって、窓を開けると、霧(低い雲)が一面を覆っていた。街灯がぼやけている。「なあに、昨晩と同じ同じ」と思いながら、胸騒ぎがしていた。その後、全然眠れず。「昼間かなり暑かったから、海水が熱せられて水蒸気となり、青ヶ島に当たって雲になっているのだ」「太陽が沈むと、周りは海なので地面に熱が蓄積されず、すぐに冷えてしまうのだ。」などなど“素人気象予報士”となって懸命に現状を理解しようとした。全ては、“明日朝晴れる”という結論をだすため。 しかし全然眠れない。

3:00
うとうと。今考えても仕方ないけど考えていないと耐えられん。明日帰れなかったら、ほんと、いつ帰れるか分からないのだ。おとといの晩、おじさんが言っていた。「ヘリに乗るなら、毎日へリポートに行ってキャンセル待ちするのさ。。。」



2002年7月7日

4:00
起床。風の音がすごい。山側から雲が押し寄せるように流れてくる。非常に涼しい。不安。

5:00
徐々に明るくなってくる。改めて雲の多さにびっくり。山の上の雲は相当厚いようだ。霧で、宿から見えていたへリポートが見えない。


朝日。太陽が雲と戦っている。
上半分は、青ヶ島から降りてきた厚く黒い雲。

5:30
太陽が見えた。雲は、島を過ぎると徐々に薄くなってくる。その上は青空。すなわち、この雲は青ヶ島上空にしかない雲なのだ。大丈夫じゃないか!


6:00
北東の空が晴れた!彼方に、夏雲と青い空が見える。夏の天気。上空は青ヶ島の天気。おばあちゃんが言っていた。「ここは天気予報を見てもむだ。八丈の天気を見たってあてにならん。」


6:30
その後天候は一進一退。次々と雲を送り出す青ヶ島丸山の外輪山と、太陽の戦い。5分おきに晴れ間と曇りを繰り返している。窓から心配そうに外を眺める僕を見て、窓の外からおじいさんが「これならヘリはだいじょうやろ。晴れてきた。」 そうか、地元の人が言うんだから大丈夫かな。(全然信じていなかったりする)

7:05
朝食。今日は雲のことしか考えていない。朝食を覚えていない。おばあちゃんは「今日で最後だねぇ。」・・・ヘリが飛べばね、おばあちゃん。

役場からの定時放送で、「還往丸(旅客船)は条件付き出航。黒潮丸(貨物船)は出航です。」台所からおばあちゃんの「やったぁ!」という歓声が聞こえる。「おじいちゃん、電池買ってきて!」。テレビで三宝港を見ると穏やかな波であった。「もしヘリが飛ばなかったら、還往丸になんとか乗りこもう。そうすれば一日遅れで帰れる。」空はまだ戦っていた。

8:00
十一屋商店に「青酎」を買いだしに。おばちゃんはいなかった。ちょっと残念。しかし、あっていきなり「今日はヘリ飛ばないね」と言われなくて良かった。

8:40
そろそろへリポートに向かおうと準備。「また来るかい?おばあちゃんが元気なうちに来るかい?8月の牛祭りには来るかい?」とおばあちゃん。「牛祭りは来れないけど、また来るよ。おばあちゃん。こまごまとうるさかったけど、どこか憎めないおばあちゃんでした。「おばあちゃんの写真とっていい?」と聞いたら、はにかんで隠れてしまいました。

8:50
やよい荘出発。へリポートまで5分。役場の人が来ていて、荷物用のカートも準備されていた。「!」急いで受付に飛び込むと、「天候調査中ですので、まだ受け付けません。」、「。。。」良く見ると入り口に手書きで「天候調査中」と書いてあった。八丈の付近は大丈夫らしい。やはり問題は青ヶ島のこの雲か。丸山と太陽の戦いは、まだ決着がついていなかった。しかし、雲のほうが優勢。山肌を
滑り降りる雲は、上のほうの家々を飲みこみつつあった。3日間いて最悪の天気!


写真の上半分を覆う雲。山があるはずなのに全く見えない。

待ちに待ったヘリが来た!

9:00
もう一組のヘリ搭乗客到着。釣り客のよう。「なんで天候調査中なの?前はもっとひどかったけど飛んだよなぁ。」ふむふむ。八丈かららしき電話に受け答える係員の顔色を伺う。ははーん。そして空を眺める。へリポートの上を雲が走っていく。すべての天候情報に一喜一憂する自分。

9:15
そろそろヘリが八丈を出る。ぞくぞくと関係者が到着。ほどなく、係員から「条件付きで出航しますので、手続きを始めます」やった!またひとつ関門をクリアした。明るくなって手続きを済ませる。


9:30
ヘリは八丈をもう出ているはずだ。まだ来るはずもない時間なのに、耳を澄ませてヘリの音を聞く。一台の車がアイドリングしっぱなしで良く聞こえない。。

9:40定刻ならヘリが来る頃だ。しかしまだ来ない。警官がしきりに役場の人と話し合い首をかしげている。

9:50
「!」これはヘリの音だ!間違いない!そうかと思うと雲の合間からヘリの姿が見えた。みるみるうちに大きくなってくる。助かった!これで帰れる!「条件付き出航」だっただけに、
嬉しさがこみ上げる。

こうやって、無事に帰ってくることができたのでした。



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