[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」



八丈島
普通じゃない旅行記その1

【小波乱】
6:30 羽田到着。今日はANA1日乗り放題の日。特別カウンターが設置されて、すごい行列ができていた。 今日の八丈島のプランは「大東諸島の痕跡を探す旅」。事前に色々と調べたところでは「「八丈島誌」という史書に玉置半右衛門のことが数ページ書いてある」という程度。史跡のようなものはなさそうであった。
そうだ、焼酎工場の見学をしよう!ということで磯崎酒造にTEL。「11時までならいいよ。その後はみんな休憩に入ってしまうからね。」八丈島の滞在は5時間程度だが充実した時間になりそうだ。

7:10 羽田で飛行機に乗って数分。スチュワーデスの改まったアナウンス。「ただいま、官制塔システムダウンにより全国の空港で飛行機の発着が大幅に遅れてます。」
静かなままの乗客。

そのまま数分が過ぎた。次のアナウンスでは、「システムが回復せず、1時間以上遅れるとのことです。」「え〜」乗客のどよめき。今日はANAの一日乗り放題の日。よりによってそんな日に管制システムがおかしくなるとは。前に座っているお兄さんは、ポケットから航空券を5枚出してじ〜っと見ている。
8:00 しばらくすると機内はざわめきを増してきた。携帯を取り出して電話をかける人が出てきた。スチュワーデスがそれを制す。途中で「携帯電話利用希望者は一旦機外に降りてかけてください」というアナウンス。この飛行機は、駐機場とは言え空港のど真ん中にいる。一旦乗ったお客さんを降ろすとは!おもしろそうだったので僕も降りてみた。 八丈島のレンタカー会社に電話して八丈島到着が遅れることを告げた。

乗客に大きな混乱は無かった。ドアが空き、お客さんが降りた。これはめずらしい。と僕も降りてみる。みんな一斉に携帯を使っている。周りに飛行機が待機しているこの場所で携帯電話を持って電話をする人、50人以上。。異様な光景。
5分ほどして、スチュワーデスが「機内に戻って下さ〜い。」と呼びかける。
やっぱりいた。この機に乗じて記念写真を撮ってる ねーちゃんが。。
8:45 機長よりアナウンス。「管制システムに異常はありますが、手動で順次発着しております。しかし手動のため通常よりも発着間隔が長くなっており、当機の離陸順番が回ってくるのは10時過ぎになります。降機希望者は申し出てください」とのことだった。 これにはまいった。 このまま八丈島に着いても、帰りの飛行機の時間を考えると八丈島の実質滞在時間は3時間ちょっとである。そこまでして行くべきなのだろうか。。。

航空券5枚を持った兄ちゃんは、航空券をシャッフルしながら思案していたが、意を決したのか飛行機から降りる準備をし始めた。
うーん、迷ってしまう。 今回の最大の目的である “八丈島で南大東島の痕跡を探る”を達成するのにはそんなに時間はかからないだろう。
万が一今日帰れなくても明日は日曜日だし、もし飛行機がだめでも船で帰ればいいし。 「迷ったら進む」という私の持論(ただし旅行時以外には必ずしも適用されないことがある)に従い、このまま八丈島に飛ぶことを決めた。

10:00 もう飛行機は出発できるようになったようだが、降機するお客さんをターミナルまで乗せるバスがなかなか来ない。ますます出発が遅れる。。

10:10 やっとバスが到着し、なんとか飛行機は羽田を離陸した。長かった。なんだかんだいっって3時間は羽田空港で飛行機に缶詰になっていたことになる。到着は10:50頃とのこと。行ったらどうしようか。。。
まず、レンタバイクを借りて、かな。 焼酎工場見学は難しそう。 一休庵の「あしたばうどん」と、JAで「すし」かな。焼酎は空港で飲むこととしよう。

八丈島南部を旋回する飛行機。
左のコブが八丈富士。右のコブが三原山。
10:50 八丈島空港に近づいたが、非常に揺れが激しい。島も雲間からなんとか見えるくらい。一度、島をやり過ごし、反対方向から再度の着陸チャレンジとなった。旋回している時、八丈島の2つの山が美しく見えた。しかし周りには雲が迫っている。相変わらず飛行機は揺れている。

11:00 飛行機は少々バウンド気味ながら八丈島空港に到着。やっと着いた。

八丈富士。雲行きが怪しい。
【満足のひととき】

レンタバイクを借りて、まずは食事かな。一休庵に向かい、「あしたばうどん」の卵とじを食べる。明日葉は、少しくせがあるが味にメリハリがあって、お浸しとか天ぷらに合うと思う。このうどんは明日葉を練り込んであり、少し緑がかっている。 汁は濃い目の関東風だ。卵とじの甘さと明日葉の少しばかりの苦みが混じってなかなかおいしい。するすると胃に入っていく。600円也。

卵とじうどん。美味。

青ヶ島会館。
11:30 地図を見ると、「青ヶ島会館」なる文字を発見。早速行ってみる。八丈島と青ヶ島は、近いこともあるし、「八丈支庁」という枠組みで行政上も関係が深いので、八丈島にも青ヶ島の痕跡は何かあると思っていたが、このような建物があるとは知らなかった。まあ、補助金で作られたものではあろうけれど。。

恐る恐る入ってみると、陽に焼けた地元の漁師といった風情のおじさんが数人で僕を睨みつける。「あの〜 青ヶ島に関係した資料なんかがあればいただきたいんですが。。。」 おじさんはちょっと迷惑そうに「これなら」と言って、案内パンフと青ヶ島村広報誌をくれた。なんだかよく分からない場所だ。 八丈島には、「青ヶ島村分室」もあるようだがこれは場所も分からなかった。まあ、土曜日は閉まっているだろう。

【目的完遂】
12:00 八丈島歴史民俗資料館に向かう。昔からも旅行先でこのような地元の歴史・民俗資料を集めた所には行っていたが、正直なところなんにも考えて見てはいなかった。と、いうより旅行から帰った瞬間全て忘れていたのだ。 どこの資料館でも「石器時代のヤジリ」「縄文・弥生時代の土器」「江戸時代の農家の民具」などが並べられているだけだったからだ。
しかし、今回 この歴史民俗資料館では、「八丈島にはこのために来たのだ!」という発見があった。(これについては別ページ「大東諸島のお勉強」で紹介しています。)

南大東島と八丈島のつながりが明確な資料で示されていたのだ。思わず、受付をしていた おじいさん、おばあさんに話を聞いた。 おばあさんは、受付の中の部屋に僕を案内してくれた。ストーブがついた部屋は暖かかった。おじいさんの話によれば、「八丈島にも、南大東島から来て住んでいる人がいる」とのことだった。南大東開島100年記念のときも、八丈島と南大東島で人の交流が結構あったらしい。 こんなに離れた場所で、南大東のことを知ることができ、資料も見ることができて本当に満足であった。
八丈島は、江戸時代長らく流刑の地であった。宇喜多秀家も八丈島に流されてきたそうである。その後もの流刑の罪人が多くこの島に流されてきたのだが、島民は分け隔てなくつき合ったという。心が広いのか、それとも本土から来た人間になにがしかの憧れ的なものを持っていたのか。。
そう言えば、八丈の人達は江戸っ子的なサッパリとした印象を受ける。決して冷たいわけではないのだが、かといって変におもねったり人懐っこかったりというところもないようだ。ここにも江戸の文化が流れていたのかもしれない。。。

八丈島への航路、航空路の歴史も興味深かった。初の定期客船航路は1910年、芙蓉丸。航空路は1954年であった。 島の人たちにとって、定期航路・航空路ができることの感慨は深いだろう。八丈島は他の伊豆諸島に比べ、距離的には東京から遠い(287km)が、飛行機も船も案外充実していると思う。

大坂トンネルより八丈小富士。

八丈富士。絶景。

13:30 大坂トンネルに向かう。ここは八丈島きっての景勝地。以前に行ったときにも本当に感動した。両脇の山を額縁の様にして、目の前には八丈富士と八丈小富士。その間には青い海が広がっている。本当にすばらしい。雲は多かったが八丈富士ははっきりと見えた。
13:40 大賀郷の玉石垣群を見て、八重根港へ。
八重根港からは、青ヶ島行きの船「還住丸」が出ている。時間的には今八重根港にいるはずなのだが、船はなかった。
13:45 八丈ビジターセンターへ。メールで色々と教えてもらった方を訪ねる。思ったよりも相手が迷惑そうだったのがちょっと残念。「いいかげんなことしかメールで答えなかったからねぇ」とつれない返事。 まあそんな人もいるよね。ビジターセンター内には八丈富士・八丈小富士と夕日の素晴らしく綺麗な写真がいくつも飾られている。凄まじい赤だ。 少し雨が落ちてきた。周囲には全然人がいない。全然いない。

民俗・風習を伝えるパネルに「メットウ井戸」というものがあった。らせん状に5mほど下っていきそこに井戸があるのだ。 式根島にも「マイマイズ井戸」というものがある。これも名前のとおり、メットウ井戸と同じ形状なのである。 島にとって、飲料水の確保は切実な問題であり生活に重大な影響を及ぼしていた。 様々な島での“井戸の発見”、“日照りの時でも井戸は枯れなかった”といった類の伝説・言い伝えは枚挙に暇がない。地上と同じ高さに井戸を掘らなかった理由と、八丈島・式根島に同じ形状の井戸があることが不思議である。


14:00 「島酒の碑」へ。カメが取り巻いているその中心には、思いっきり大きなカメが鎮座している。ここで、八丈島の焼酎の歴史を知ることができた。「丹宗庄右衛門(たんそうしょうえもん)が八丈島に流されてきたとき、島では穀類から酒を造ると、飢饉を招く心配があるので、禁酒令が敷かれていた。そこで、彼は穀類ではない薩摩芋から作る、故郷の焼酎製造法を伝えたので、酒に飢えていた島民から大変に感謝された。」のだそうだ。八丈島の焼酎は、芋焼酎が元祖であったのだ。

【大波乱】

14:15 さて、レンタバイクを返して空港に戻ることに。借りたモービルレンタカーさんに戻って何気なく「今日の3便(僕の乗る14:40発のANK830便のこと)、遅れていますかね?」と店員のおじさんに聞く。おじさんは聞いているような聞いていないような感じだったが、電話で空港に問い合わせてくれた。「3便は欠航だそうです」 「ふーん、欠航かぁ。。ん?けっ、けっこぉ・・・ えぇーっ!」 とまでは言わなかったが、これはやられた。。 まあ、とりあえず飛行機が欠航になったときに鉄則「まずは空港に行け」を守り、すぐに空港に送迎してもらった。

14:20 空港は閑散としていた。特別空席待ち整理券の引き替えもほとんど済んだらしい。カウンターに行くと、もらった番号は1258番。もっとも、この番号は飛び飛びなので実際は150番目くらいだと分かったが、「このままの順番で行きますと、明日の3便目には乗れるでしょう。」と、社員のお兄さんは申し訳なさそうに言った。
飛行機が欠航になる経験はあったので、対してとまどいもせず、了解した。しかし、明日の3便目とは。。。。あと1日あるじゃぁないか。。。ここで大きくプランを練り直さなければならない。

とびうおの島寿司。
見た目はつやつやしておいしそうなのだが。。。
まず、宿の確保だ。空港に最も近い、1軒目に電話した民宿「やしま荘」で決定。電話に出たおばさんは「歯医者に行くから3時までに来てちょうだい」だって。。空港からは歩いて20分はかかるだろう。 途中でJAスーパーがあったのを知っていたのでそこに寄って買い出し。とびうおの島寿司とビールで昼食とすることにした。

15:00 やしま荘を探すが、全く見つからない!地図に従いそれらしき場所を数回通る。「ここは絶対違う」と思って何度も通り過ぎていた学生用アパートのような建物が、実はやしま荘だった。看板も表札も、案内板もなにもない。。。 出てきたおばさんがやしま荘のおばさんだった。「ここだよぉ」と、出迎えてくれた。お客さんは他にはいないらしい。静かな屋内。雨が降り始めていた。

15:10 とびうおの島寿司。うーん、骨が残っていて筋っぽい。米もパサパサである。。はっきり言ってうまくない。。これは本当の島寿司ではない! と言い切ってしまう。

15:20 今後のプランを考える。考えるべきは今日の夕食と明日飛行機が出るまでの行程だ。さっきの寿司の味が納得いかなかったので、やはり あそこ寿司にしようか。。夕食は民宿のおばさんにお勧めを聞いてみよう。 普通なら、飛行機が欠航したあとは空港にずっと待機して、空席待ちをしなければならない。万が一自分の番号が呼ばれたときにその場にいなければ、もう乗る権利は無くなってしまうのだ。。 しかし今回はどうがんばっても3便より前に乗ることは難しそうだ。1便目に乗ることは100%無理なので午前中は観光してしまおう。 ということで考えたのが焼酎工場見学。坂下酒造に電話すると、「朝8時に来てください」とのこと。よし、これで明日 午前中の予定は決定した。

16:00 「お風呂何時にするんぅ?」なんとも自然なおばさんの語りかけ。なんだか家にいるみたい。「ええっと、、できれば食事前で17:30ころに。」「はい。さっぱりしてから食事してきなよ。」歩き回った疲れもあり、一旦部屋に入り昼寝をする。

16:30 食堂でテレビを見ているおばさんと雑談。今はオフシーズンだそうで、民宿も営業しているんだかしていないんだか分からない状態。今日の客は僕だけだった。おばさんの名字は沖山さんであった。(僕)「南大東島にも沖山さんとか浅沼さんとか多いですよね。」「青ヶ島に泊まった時の宿のおばあさんの名字も浅沼さんでしたよ。」 すると沖山さんが「あんた色々旅しているねぇ。学生さん?」 むむ、また言われてしまった。「学生さん?」のセリフ。 「いやぁそんなに若くはないんですが。。」
沖縄に多い姓である「金城」姓は八丈島にも結構いるらしい。

17:00 風呂に入って、夕食を食べに行く準備。

18:10 東海汽船に電話。既に営業時間は終わり録音テープによる案内に変わっていた。 「まあ、いいっか」と思い電話を切ろうとすると『3月1日の運行状況・・・・』とテープはしゃべりだした。 『3月1日の竹芝桟橋発 かめりあ丸は天候不順のため欠航・・・・』
ん!? 『それに伴い、3月2日の 八丈島着 かめりあ丸、八丈島発 かめりあ丸も欠航となります。』 
受話器を落とすほどではないが、「あららら」という感じ。 3月2日に船で八丈島を脱出することは不可能となった。
となれば、なにがなんでも飛行機に乗らなければならない!島の場合、 船・飛行機が欠航すれば、どう逆立ちしたって島を出ることはできない。 ふっきれた。念のため、月曜日朝のANK羽田行きを予約。 最悪でも月曜昼には会社に行ける。あまり気は進まないけれど。。。

【波乱の中のオアシス】
18:20 予約していた あそこ寿司へ。 あそこ寿司の島寿司は、2種類ある。1つは 多くの種類の魚介類を使った寿司(これは注文すればすぐにできる)。もう1つは、マグロなどを 醤油につけたいわゆる「ヅケ」で、30分くらいは漬けなければならないので事前に予約しておかなければならない。
外は 暴風雨に近い感じだった。傘をさして歩くのはちょっと辛い。
あそこ寿司には、お客さんがいなかった。拍子抜け。 広い店内にひびく おかみさんの「いらっしゃ〜い」。 

あそこ寿司。

「さっき電話した者ですが。。」 と席に座る。寒いけど、ビールがおいしい。 通に言わせると、『寿司を食べるときにビールなんて、味が分からなくなるじゃないか』とひとしきり語り始めるらしいが そんなのいいや。
ほどなく 島寿司が出てくる。 あそこ寿司では、島寿司を頼むと 店の大将が 島寿司のいわれ・今日のネタの種類などを語ってくれる。今日のネタはメダイだった。更に、岩ノリを甘辛く漬けたものを乗せた寿司も出てきた。岩ノリの新鮮さがおいしい。
もう寿司をほおばっていて、大将の話は半分も聞いていなかった。。

すっと、もう一つの皿が出てきた。トビウオの白子の軍艦巻きだった。「サービスですよ!」と。 この軍艦巻きもなかなか美味であった。今まであまり見たことがない寿司である。

島寿司(ズケタイプ)。

左から 「岩のり」「とびうおの白子」「メダイ」。良味。
店の若手と雑談。テレビのニュースを見ながら、

(私)「実は今日日帰りの予定だったんですが。。あのテレビに映っている 『日本中の管制機能がおかしくなった』ということで八丈島に来るのが2時間遅れ、しかも帰りの便は風で欠航。 本当なら今ここにはいないはずなんすよ。。」 
(店員)「それは大変だったスね。今日はANKの1日乗り放題の日だったし、ボクの知り合いも八丈島から羽田通って北海道に行くって言ってたけど、あの管制トラブルがあったから北海道に行くのはあきらめたようだね。」 
(私)「へー、八丈島から北海道に日帰りで! 気合入ってるスね!」 
(店員)「1日乗り放題とか、超割は 島の人もかなり活用してまスヨ。予約開始の日なんて八丈島空港に長蛇の列だもの。いいシーズンの切符の時なんて前日から並んでるもんネ。」
超割は島の人も活用している!

(私)「明日、飛行機飛びますかねぇ?」
(店員)「風が西風なら大丈夫なんスよ。八丈富士が風を遮るから。でも南西の風だったら厳しいッスね。この風には弱いんスよ。八丈空港は。」
テレビの天気予報の画面がパッと風向きの予想画面に変わる。
(店員)「うわ〜っ!南西の風だぁあぁあぁ・・・ お客さん、でも大丈夫ッスよ!」
???意味が分からないが、勇気付けようとしていることは間違いないらしい。ありがたい話だ。でも涙は出ない。

(店員)「あの飛行機の定員は176人なんすけど、実際は170人しか乗れないんですよ。滑走路が短くて、法律上170人までしか乗ってはいけないそうッスよ。だからどんなに満席でも席は必ず空いているんスよ。」
(私)「へ〜。もっと乗れればいいのに。」
(店員)「今度、八丈空港が少し長くなるので、そうなったら定員めいっぱい乗れるッスよ」
三根側(北方向)に130m、八重根側(南方向)に70m延びて、1,800mになるのだそうだ。これでキャンセル待ち人数も少しは少なくなるかな。。。
ちなみに、あそこ寿司のオーナーは「浅沼さん」だ。八丈島に多い名字だ。

半ばやけくそ気味で(私)「明日も帰れなかったらまた来ますよ!」と言い残し店を出た。戸を開けた瞬間に、顔にまともに受ける生暖かい風。。 歩いているうちに、びゅ〜。折りたたみ傘は普段たたまない方向にきれいにたたまれてしまった。

20:00 テレビをちょっと見る。まあ、明日は帰れるだろう。明日帰れなくても明後日朝には帰れる。おやすみなさい。
(2003年3月1日)



普通じゃない旅行記その2へ

普通じゃない旅行記
八丈島トップへ                


リンク集(準備中)               

総合トップページへ