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旅行記その1

1日目

2002年12月6日。 4:00 自宅出発。今回は、6:25羽田発なので南浦和4:30の始発に乗らなければ間に合わないのである。以前、久米島に行ったときに乗った直行便は6:40発だったが、それよりも早いのだ。この羽田ー石垣便ANK551便は最近就航した全日空グループ初の羽田から石垣への直行便。恐らく羽田発着枠が無くてこんなに朝早いんだろうなぁ。ってなことを思いもせず、自転車で南浦和に向かう。駐輪場の管理人がどこにもいない。仕方なく、一番安心できそうなところに勝手に自転車を止め、メモを残して電車に乗る。まあなんとかなるだろう。

5:40 羽田空港到着。こんな早くても人はいるものだ。石垣行きの便はさすがに時間が早いのか、搭乗率は6割くらいだった。ちょっと以外。確かに、この時間だとツアーも組めないだろうし。恐らくかなりの割合で超割客がいるに違いない。

私を乗せて飛ぶANK551便。
6:30 飛行機は石垣島に向け出発。石垣便就航記念ということでいろいろキャンペーンをしていた。アンケートに答えてエアーニッポンのチケットがあたる等々。石垣島までは3時間30分くらい。やはり直行便は楽でいい。出発時間がもう少し遅ければ。。言うこと無い。
10:00 石垣島到着。東京では寒くてカイロを2つ持っていたのだが、飛行機から降りたとたんの熱気で、あっさりとカイロは取り去った。暑い! やはり沖縄だ。しかも本島よりも200km南の八重山諸島なのだ。12月でもこれだけ暑いとは。今回のように寒いところから暑いところに旅行をするときは、「厚い服を着ない。薄い服の重ね着+使い捨てカイロで対応する」ことがテクニック。厚い服だと、旅行先では100%着ないし邪魔になるだけである。薄い服ならば、旅行先でも夜とかに着ることができるし、カバンにバラバラに効率よく収納できる。腰に巻いてもよい。使い捨てカイロは言うまでもなく、場所を取らずに暖かくできる=使わないときも場所を取らない ということからお勧め。僕も、今回自宅を出るときはTシャツを含め5枚重ね着+使い捨てカイロ2つだったが、石垣ではTシャツ+時々薄いジャンパーだった。
ANK羽田−石垣便就航記念のグッズ。黒糖やクッキーなどがいっぱい。

石垣島離島桟橋。暑い!

10:20 まずは、離島桟橋へ。タクシーで7分くらい。事前に波照間行きの船の予約をしようかと思って1週間前にTELしたとき、「予約は受けていません。直接離島桟橋の乗船券売場まで来てください。」とのことだったので、急いで安栄観光の波照間航路乗船券受付所へ。切符は買うことができた! そうそう、波照間の宿をまだ予約していなかった。沖縄地方旅行のバイブル「沖縄・離島情報」から波照間の民宿を探す。。。立て続けに3軒満室であった。むむ、なぜだろう?オフシーズンではないのか?最後に電話した「勝連荘」でやっと予約をすることができた。港まで迎えに来てくれるとのこと。

10:50 出航10分前。あまり乗客らしき人たちは見あたらない。オフシーズンということはあるのだろう。でもこのような離島航路は生活路線の色が濃いものなので島民で予約がいっぱいということはままあることである。よく見ると、私が乗る波照間行きの船「第七十八あんえい号」はまだ桟橋に到着してはいないのだった。結構忙しい航路だ。それもそのはず、石垣〜波照間航路は2社がそれぞれ1日3往復ずつ運航している。波照間海運の「ニューはてるま」と安栄観光の「あんえい号」である。2隻ともほぼ同じ時間に同じ港を出る。何か競争しているみたいである。
第七十八あんえい号

石垣島を後にする。
11:10 波照間からの船がやや遅れて到着したこともあり、私の便も若干の遅発となった。天気が良い。すごく良い。空の青があり、海の藍がある。夏の海である。サングラスを持ってくれば良かった。。短パン持ってくれば良かった。このぶんだと波照間で泳げるくらいだぞ!。。。海パン持ってくれば良かった。。。冬の八重山を甘く見てました。

11:50 船は竹富島を右に見、黒島を左に見、パナリ島を右に見るルートを進んでいき、近くに島はなくなった。右奥に、大陸のように大きな西表島が見えるだけである。八重山に来ると、西表島の大きさには驚かされる。なにせ、沖縄県で沖縄本島に次ぐ大きさの島である。以前、与那国島に行ったときに東崎(あがりざき)から遠くに見えた島も西表島であった。まもなく波照間に着こうとしているが、西表島はなお大きく横たわっている。

12:10 波照間港が見えてきた。いよいよ、日本最南端の有人島に上陸である。昨年、迷いつつも行くことを断念した波照間についに来た! 港には勝連荘のワゴンが来ていた。早速乗り込むと、お客さんは私だけのようだ。ちょっと意外。そう言えば、他の民宿の車にもお客さんはそれほど多いわけではない。連泊する人が多いのかもしれない。「おじさん、暑いですね〜」と一言。運転するおじさんに聞くと、どうもこの暑さはこの季節にしては異常なのだそうだ。思いっきり南風であり真夏を感じさせる雲。通常、この季節は北風が吹き、心地よい気候なのだそうだ。「昨日からサトウキビを刈っているけど、暑くて仕方ないよ。」とおじさん。しかし、私はついているかもしれない。暑さを満喫しに来たのだから。


波照間港。波照間海運の勝ち。

見よ!この泡波の本数!

12:15 車が集落を通っている時、おじさんが店らしきところで止まり、急に僕に向かって「泡波が入ったみたいだなぁ。買ってきたら?」と言った。なに?泡波だとぉ? 生産量が極端に少なく、旅行者はおろか島の人でさえ まともに買うことができないと言われている幻の泡盛「泡波」が入荷した?! 旅行前から、「どうせ買えないや」と思っていたし、あまりにあっさりと言われたので一瞬キョトンとしてしまった。しかし、次の瞬間私は車を降りてその名石売店に向かっていた。店の中に勢いよく入っていくと、奥でまとまったビンを持っているおねえさんが! 後を追うと、そこには、幻とまで言われている泡盛「泡波」が10本ずつ紐で束ねられて合計50本!ここまで泡波がまとまっておいてある光景はもう一生見ることはないのではないか?おねえさんは「何本ですか?」 。迷いながらも2本購入。思わぬ幸運であった。泡波は、生産量が極端に少なく、不定期に島内の4つの商店に入荷するのだがほとんどは島内の各家庭に割り当てられていて予約なしで買うことは至難の技であるという。島内の約30世帯に2本ずつ割り当てられるのだそうだ。660mlで650円。 沖縄本島の牧志の商店街では5,000円で売っていたのだ。この希少性自体がもう伝説になっている。 私は早速その伝説に出会えたわけだ。

運転手のおじさんに「買わないんですか?」と聞くと、とくに答えず首を静かに振った。


あ・わ・な・み

到着したのは「勝連荘」。元気のよいおじいさんが迎えてくれた。「泡波、買えたんですよ!」と言うと、「おーそれはそれはすばらしいねぇ。。あなたはついているよ。着いていきなり買えるなんて」しかしちょっと話をしたら十分以上もつかまってしまったので、荷物をおいて早速出かける。

12:30 まずは、自転車と食事を調達。見晴らしの良いところで食べることにして島内を走り始める。波照間島は、全体に平坦な島で島の中心部に唯一の集落がある。30件ほどの家が密集しているそうだ。港から車で送迎してもらったときにも分かったが、この集落のある島の中心部が島でも高い位置にある。最も高い位置で標高60mくらいだそうだ。自転車を借りた たかな食堂、公民館のあるあたりが集落の中心部で大きな広場(公園?)もある。目についたのは、いわゆる「石垣には飛行機に乗って行きましょう」という意味の標語が書かれた看板。「空の旅、貸し切り二〇分」などなど。 恐らく飛行機の利用者は少ないのだろう。往復しかないし。ちょっと話は脱線するが、離島の空港は密かにおもしろいスポットだと思う。1日数便しか来ないし、その飛行機が日をまたいで駐機されることはまずない。大体の場合、到着して数十分で 元の空港にトンボ帰りするのである。到着便を待つ家族や、送迎の民宿・ダイバーショップの人たち。その間のせわしない空港の風景、そして飛行機が飛んでいってしまうと係員さえもいなくなってしまう空港。滑走路のすぐ近くまでいける空港があることもおもしろい点である。与那国の場合は、滑走路の先端に入ることができ、発つ飛行機を真上に見ることができる。波照間空港の飛行機離発着は10時から11時ころなので、明日見ることにした。

集落から波照間空港に向かう道。思わずなにか叫びたくなる。
13:00 やはり、最も有名であり今回必ず行かなければならない「日本最南端の地」に向かうこととする。道路はすぐ集落を過ぎ、一面サトウキビ畑が広がった。よく育った全長2m以上は優にあるサトウキビの畑があるかと思えば、もう全て刈り取られている畑。ちょうど今が収穫の最盛期であることを示していた。途中で、サトウキビの絞り汁の臭いがプーンとした。甘みの中に若干の苦み(アク?)が混じったなんとも言えない香りである。徳之島で行ったサトウキビ工場でサトウキビの絞り汁を舐めたときに嗅いだ臭いと同じだった。汗だくになりながら一本道を進む。
13:10 灯台が見えた。島のど真ん中、サトウキビ畑の中に灯台はある。このあたりが最も標高が高いところのようだ。隣には貯水タンクもあった。ここから全島に水が供給されているのだろうか。少し進むと、右手に黒牛の放牧の姿を見ながら目の前が開けた。緩い下り坂になっているその光景はまさに「南の島の風景」であった。島の周囲はほとんどが崖になっていて直接水際に行ける場所は限られているこの波照間で、緑の土地とその先の蒼い海、そして空と雲が一望できるポイントであった。このあたりに展望できる高台があれば、さぞかしすがすがしい気持ちになるだろう。
波照間島灯台。

青空の下の星空観測タワー
13:30 空港脇の道を過ぎると、いよいよ「高那崎」という地域に来た。このあたりは海まで断崖が数十mあるという絶景である。その一角に「星空観測タワー」「日本最南端の地」がある。波照間では冬に南十字星が全て見える。水平線際ではあるが、それはそれは美しく見えるらしい。周りに明るい人工物がないことや、ジェット気流のルートから外れているなど、星を見るには好条件が揃っているとのことであった。今は思いっきり昼間(ほとんど炎天下!)だったので星空観測タワーには“涼み”に入ってみた。入り口では、休憩する数人のグループ。上まで行ってみたいと係の人に聞くと、係の人はとまどったような様子で「上にはちょっとしたプラネタリウムがあるくらいで。。。」とあまりお勧めでない様子。私は半ば強引に「いいですよ。行ってみますよ。」と300円を置いて上に進んだ。プラネタリウムは大したことなかった。が、望遠鏡の下にあるテラスからの眺めはなかなかよかったですぞ。ちょっと先には日本最南端の碑とおぼしき岩が見えた。 あれだ!有人島日本最南端の地。暑さでかなりバテながらも、最大の目的地が近づき心は躍った。早速階段を駆け下り、自転車に飛び乗ってその地へ向かう。

星空観測タワーから日本最南端の碑 方向を臨む。


日本最南端の碑。

14:00 到着した。日本最南端の地!!!と感動するところであるが、(感動したのだが)同時に空腹のピークに達していた。最も大きな碑を見るとどうもこれは新しくできたようであった。(「日本最南端平和の碑」平成7年作成。)この地には、「波照間の碑 (日本全国から持ち寄られた石とそれの周りを囲む蛇を模した記念の碑) 」「聖寿奉祝の碑 (最南端の碑の隣に立っている日本国旗が飾られている碑)」「日本最南端の碑 (矢印形状の碑)」などがある。 「波照間の碑」には、全都道府県の石が埋め込まれているのだ。中でも沖縄の石は数も大きさもダントツであった。そして最も南にある、日の丸が埋められた碑(聖寿奉祝の碑)。この先はフィリピンである。過去に人頭税で苦しめられた島民が、さらに南にあると言われる楽園「南波照間(パイパティローマ)を夢に見つつこの地に立ったのだ。見渡す限りの海は、人に何かを感じさせる。近くにある東屋では、数人の物憂げな人々が。。。恐らくみんな幾日も滞在し、毎日ここに来ているのだろう。 何か考えにふけっている様子であった。 思いっきりすがすがしい自分はちょっとだけ場違いな雰囲気を感じつつも、空腹に負けてその東屋で遅い昼食。弁当のプラスチックケースの「パリパリ」という音も周りにひびくような静けさであった。

再び碑の近くを散策しているときに、先ほど東屋にいた男性と雑談。彼は波照間に来て3日経つらしい。特に何をするでもなく、ぶらぶらと毎日を過ごしているらしい。私の泊まる勝連荘に女性2人連れが泊まっていることも教えてくれた。

東北地方から集められた石。

左の日の丸が「聖寿奉祝の碑」。

くねくねとしている石の集まりが、「波照間の碑」

14:30 ここまでいろいろなところをふらふらとしながら1時間以上自転車に乗ってきたが、まだ島の半分である。これから西へ向かい、島一周を果たすつもり。平坦な島と聞いていたが細かなアップダウンがあり、時々自転車を降り、押して歩く。まあ、こういう島のレンタサイクルはいわゆる「ママチャリ」であることが多い。しかも大体が錆びている!こういう島の観光の場合、金銭的に余裕があればレンタバイクの方がお勧め。



ペムチ浜へ。

ペムチ浜から高那崎方向を見る。
14:40 南浜 (ペムチ浜)は、入り口がわかりにくいけれど、是非行っておきたい海岸だ。この海岸は、波照間島で、唯一南に面した海岸である。かつあまり有名ではない。私も詳しくは分からないが、「最南端の碑」は本当に島の最南端にある訳ではない。島の海岸線は岩場がかなり多いため、土地は最南端の碑よりも南にはみ出ているところがあるのだ。このペムチ浜もほぼ最南端の碑と同じくらいの緯度にあるはずだ。島内一周道路をふらふら走っていくと、茂みの中にぽっかりと砂利道が開けているところがある。一見工事車両の出入り口のようにも見える。これがペムチ浜(のはず)への入り口であった。少し進むとさらに茂みが深くなり、一見して急な下り坂森の中に入り込んでいくような、細い小さな道がある。こういうところに入り込むと50%くらいは「なんにもなくてそのまま引き返した」などということがあるので、ちょっと迷ったが、じっと耳を澄ますと何やら波の音らしきものが聞こえる。意を決し、その茂みの中を下ると、数十歩も歩かないところで目の前が思いっきり開けた!ペムチ浜である。南の島の砂浜特有の雰囲気の浜。浜は200mくらいはあるだろうか。その先は黒い岩場が壁のようになっている。ここがおそらく日本最南端の砂浜であろう。今日は非常に暑かったので、海に入ってもよいくらいの気持ちではあったが、この季節の南の島を甘くみていた自分はサンダルも海パンも持ってきていなかったのだ。。手を海に浸し、しばしの海水浴気分を味わう。


「緑」と「茶」と「青」の美しさ。

分かりやすかった看板。

15:00 島を西へ進む。周りはサトウキビ畑が続く。心なしか東側の畑の方が肥沃な感じがした。どのガイドブックにも書いてある「浜シタン群落」に向かう。看板もなく、不安な気持ちでメイン通りからそれっぽい道へ折れる。助かったのは、道の途中に島の航空写真を使った地図(正確には「ここで農業補助金をつかった貯水池などを整備してますよ」という趣旨の看板)が、自分の居場所を確実にしてくれたこと。離島は、案内板とかがきちんと整備されていないところが多いのだが、こういう風に航空写真の看板を所々に立て、「現在地」とプロットしてやるだけでも随分よいのではないだろうか?観光ポイントについては、旅行者は事前にある程度調べているだろうから、自分の現在地が分かることが非常に重要である。看板1本1万円ってところだろうか。

ここにはやはり観光客が多くいた。5〜6人の若者自転車集団、男2人の原付バイク。はやる気を抑えて、その群落と思われるところに着く。???ううんよく分からない。。バイク組もよく分からないまま立ち去っていったようだ。それこそ何の案内も看板もなく、よく分からない。「茂みを歩いていくと、目の前に空が開け、海岸にたどり着く」というパターンだった。。。実はもっと奥にすばらしい光景が広がっていた?かもしれないが、次のポイントへ。

15:25 波照間一周道路を更に進む。この島には似つかわしくない工場らしき建物。これは製糖工場であった。結構大きい。工場の前にはサトウキビの皮の残骸が堆く詰まれていた。フォークリフトがその皮をあっちからこっちへと忙しく移動していた。この皮はどうなってしまうのだろう。工場周辺には多くの住宅があった。職住接近である。住宅は、平屋ながら近代的なアパートといった雰囲気。出稼ぎとか短期滞在者が多いのだろうか。。

海の色が美しい。彼方に見えるのが西表島。
15:50 西の浜へ。海岸線からは北の西表島が見える。実は「ニシノハマ」の「ニシ」は北の意味なのだ。紛らわしい。。。地域によっても違うが、「東」は「アガリ」、「西」「イリ」というところが多い。これはまさに、太陽が「アガリ」、太陽が「イリ」する方向を表しているのだ。ここは美しい海岸線が長い。観光客&地元の子供たちが多くいた。驚いたのが、マイクロバス2台で分乗してきた集団。みのる荘の観光バスだった。離島で観光バスって、「近所のコンビニに買い物にいくのにロールスロイス」という感じがしてなんとなく滑稽だった。自分の足で行こうよ!
16:10 坂を下り、波照間港へ。16:30の船(3便:波照間から石垣への最終便)を待つ客で待合室はしばしの賑わいを見せていた。思いっきりビールが飲みたかったのだが、待合所にある喫茶店の生ビールは500円(うろ覚え)! 悩んでいると、隣のおみやげやにおいてあるクーラーの中に、オリオンビールを発見! 思いっきり飲み干してしまった。ここではオリオンビールの350ml缶で250円でした。

メ〜〜
16:50 この島は、集落が中心部にありかつその中心部が最も高い位置にある。従って宿に帰るには必ず坂を上らなくてはならない。ちょっと憂鬱。でもないか。またしても道端にたたずむ山羊を被写体にする。「メェ〜」の連発だった。一応首に縄がつないであるのだが、やたら長いのだ。だから逆に2〜3日放っておいても近くの草を食べられるのかもしれないが。。。
17:00 ちょっと回り道をして「モンパの木」へ。ここは波照間唯一のおみやげ物専門店である。入ってみるとなかなかかわいらしいグッズが並んでいた。パレオが何枚も無造作にかけてあったり、Tシャツが何種類も並べてあったり。私が好きなバッチもあった。 お店の人と色々話をしたかったのだが、同じ頃に入ってきた女性が店長とずーっとしゃべっていてタイミングを逃す。その女性は、どうも製糖工場で働いているらしかった。内地からハローワークを通じてここの仕事を見つけてきたらしい。それにしても10分以上だろうか、ずーっとしゃべりっぱなしだった。。。
「モンパの木」 と 「僕の影」

このあと、この猫はグルグルグルグル寝返りを打った。

マンホールの蓋。星空観測タワーと南十字星。
17:20 西日がきつくなってきた。学童犠牲者の碑、コート盛を廻る。特にこの沖縄地方・八重山地方において多大な犠牲が払われた。南方から侵攻してきた米軍のルートを考えると、この波照間も上陸するポイントとしての可能性があると思うのだが、ここには米軍は上陸しなかったようだ。日本軍の基地や港が近くにはなかったことや、平坦で隠すものがないこの島の特長のためだろうか。
コート盛で夕日を見る。このコート盛は火番盛とも呼ばれ、この盛に上って島全体が見渡したという。「島の火の見櫓」という役目と、「八重山諸島との通信手段」という意味があったそうだ。後者では、外国船などが現れた場合、石垣島に伝えなければならないため、このコート盛で烽火(のろし)を上げ、これを竹富島にある小城盛(クスクムリ)で経由して石垣島に伝えたのだそうだ。ここから西日を見ると、風力発電の風車が明るく映えている。自分の影が長くコート盛から伸びている。まさに、“夏”である。(本当の夏はこんなものではないのだろうが。。。)
コート盛。意外に低い気がする。

ハイビスカスの後ろでは風車が存在感を主張している。
17:45 そろそろ自転車を返さなくてはならない。そして夕食を食べなければ。さて、夕食はどこで食べられるのだろうか??分かるだけで食堂らしき店は3件。しかし本当に夕食を食べさせてくれるかどうかはわからない。なんせ、この島の標準的な「営業時間」は分からない。島の民宿に泊まる人はやはり2食付の人が多いだろうから、いわゆる食堂がこの島でどれだけ成立しているかも分からない。そう言えば、勝連荘の前の南共同売店もちょうどお昼頃には店が閉まっていた。自転車を借りた みのる荘と棟続きの「たかな食堂」を覗いてみる。なにやら夕食らしき準備は出来ているが、どうもこれは同じ経営者が経営する民宿「星空荘」の客のための料理のようだ。部外者は入れてもらえなそうであった。。。 ふらふらと名石商店に行って見ると、入口に「青空食堂メニュー」の貼り紙があった。 ラーメンやチャーハンなど、普通の食堂メニューだ。こういう離島では普通のメニューが新鮮に見えるときがある。当然、この商店では売っていないと思いつつも、店員のおねえさんに尋ねてみる。「ここは青空食堂じゃあないですよね?」「はい。。。ここでは出していないです。。。。」夕方、近所の主婦たちの買い物でごったがえす(と言っても5〜6人だけど)中、店員に更に聞いてみる「では、その食堂はどこですか?」「ええと、ここからだと歩いて15分くらいですかねぇ。風力発電の風車を過ぎて、たましろ荘を過ぎて突き当たって左にまがり、、、」と言いながら分かり易い案内図をくれた。ぬぬっ!そこは、30分ほど前に自転車で通ったモンパの木が近いところではないか!しまった。早めに行って食事しちゃえばよかった。これから10分以上も歩くのかと思うと少し落ち込む。でも今日の夕食にありつくためには、青空食堂に行くしかないのである。1日自転車を漕いで疲れた足ではあったが、最後の目的である食事(というか、ビール)にありつくために歩き出した。
18:20 おおよそ波照間の町並みはつかめてきた。迷うことなく進む。途中、集落からサトウキビ畑に光景が移るあたりで、夕日が沈みかけているのが見えた。ふと上を見ると、波照間には似つかわしくない大正デモクラシーを思わせるデザインの街灯が点かんとしていた。夕日を正面に捕らえ数枚シャッターを切る。右手も左手もサトウキビ畑。「ここを帰ってくるときは真っ暗だなあ」と思いつつ進む。風車はゆっくりとではあるが常に回っていた。

18:30 ようやっと青空食堂についた。青空食堂は土曜定休。ううん、なぜ土曜日なのか?まあいい。このお店は厨房だけが室内にあり、客席は全て屋外(一部、屋根あり)である。まさに“青空食堂”。長期滞在の労働者らしき数人が先客だった。おすすめの「テビチ定食」を頼む。その前に、当たり前にビールを頼む。ビールは本当に美味い。本当に美味い。テビチ定食は豪華。これで600円なのだから驚く。 沖縄の食事は概して量が多い。女性なら3人で2人前を食べるのが丁度良いくらいだろうか(すいません。中途半端な説明で)?ビールはお決まりのおかわり。非常に満足の夕食であった。 ふと、前のテーブルには、どうも見た雰囲気の女性2人組。同じ勝連荘に泊まっているという2人組か? 店員に、「あの風車は本当に風で回っているのぉ?信じられない。。」としきりに聞いていたような。。 もうあまりはっきりとは覚えていない。 かなりいい気分であった。

テビチ定食。 (夜の青空食堂は暗い。。。)

20:00 青空食堂を出て、勝連荘に向かう。案の定、道は真っ暗であった。2回くらい畑に足を突っ込みそうになった。 真上を見ながら歩いていたからだ。 そう、この波照間は星が非常に綺麗に見えるのだ。天気はほぼ快晴であった。カシオペアが見える。(しまった〜 また星座を覚えてくるのを忘れてしまった。いつも「カシオペア」「オリオン座」「北斗七星」「さそり座」しか分からないじゃぁないか。。。。) とにかく美しい。波照間は、街灯もあまり多くない。あるにはあるのだが間隔が長いのである。月明かりを頼りに宿へと向かう。

おやすみなさい。


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