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旅行記

1日目っ!

水納島に行く前には買出しを!

渡久地の市場で買出しをして行きましょう。渡久地市場と港は車2分程度。歩いて5分かからない。

思いっきり買出しを。お勧めは「市場かまぼこ店」のカマボコ卵入。これは是非調達したい。

水納海運の「ニューみんな」で渡久地港から15分。思ったより立派な船であった。船内には「沖縄離島海運振興株式会社」という看板。定員40名くらいか。 シーズンオフのためお客さん10人くらいであった。

チケットを買ってきたやつが、チケットをくれない。「チケットは帰りの分しかないんだよ。」とのこと。渡久地に行くにはここしか手段がないので、往復の運賃を行きの渡久地港で払い帰りの分だけチケットとしてもらうのである。非常に合理的かもしれない。皆、水納島に持っていくものを選びつつ車のところでうろうろしている。乗船券売場の隣に売店らしき建物。「何か買い出しを」と思いながら戸を開けると、地元のおじさん達が箸と杯を持ちながらこちらを向く。 。。。。ん?何か違う。どうもここは飲み屋のようだ。よくよく見ると、おじさん達はみんな酒を飲んでいた。「しっつれいしやした〜」という感じで退散。まだこの集団に飛び込むほど私も酔ってはいなかったのだった。

船に向かうと、まるで船を我が物と言わんばかりにはしゃぎまくっている同行者達。おいおい、、、これだから旅行者は困るんだよなぁ。。 ちょっと注意しなきゃ。 30秒後、はしゃいでいる人間が1人増えた。 船から降りたり船に乗ったり、もうそれは大変な大騒ぎ。季節外れの離島便の玄関口で繰り広げられる統一感のないショー。しかしそれは、まもなく始まる船旅というメインショーの前座でしかなかった。

船「ニューみんな」は定刻に岸壁から離れた。ほどなく湾を出た「ニューみんな」は徐々に速度を上げ始める。もうすでに船室に収まっている者もいる。船尾のデッキにいた我々は遠ざかる渡久地港を見つつ大きくなる揺れを楽しんだ。。。揺れはだんだん大きくなってきた。だんだんだんだんと大きくなってきた。すごく大きくなってきた。立っていられない。一人、また一人と船室に逃げ込んでいく。結局最後まで船尾で揺れと格闘したのは2人だけだった。タッチューのある伊江島では大地震が起きているようだった。

渡久地港からは、大きなの向こうに伊江島のタッチューが見える。天気があまりよくなかったせいか

ぼんやりとした姿であるが、平らな伊江島にツンと飛び出たタッチューは格好良かった。。

船で15分。あっと言う間に船は水納島へ。夕。夕日も出ていない今日はまもなく暗くなる感じだった。水は澄んでいてすごく綺麗であった。水深くらいか。。これでよく船が通れると思うくらいの浅さだった。

港には、今日お世話になる民宿「大城」の軽ワゴンが着いていた。「こんにちは〜」「お世話になりま〜す」 「さ、載せて載せて。」と後ろのドアを開けて促すおじさん。え?この軽ワゴンに6人も乗る?無理じゃん。勘違いであった。軽ワゴンは荷物用で我々は歩いて行くのであった。しばし港ではしゃぐ我々。港は20m四方程度くらいの大きさで、両側にはビーチが広がっている。シーズンを終えてしばしの休憩を迎えている海の家が少しだけ寂しげ。その感傷を全く感じさせない我が集団。

わくわくしながら集落へと続く石畳を登っていく。

民宿「大城」は、石畳を上って1分もかからなかった。ち、近いっ!この島の大きさを象徴するかのような距離感。無理もない。なにせこの島は周囲、住民は59人しかいないのだ。道という道を歩き倒しても2時間もあれば島の全体を踏破できるはず。来てみたかった。。。この水納島に上陸できた。

民宿「大城」さんの部屋は小綺麗で、それぞれがきちんと別の入り口を持つタイプだった。非常に快適に過ごせそうだった。おじさんに「この季節、お客さん珍しいでしょう?」 「ああ、全然来ないよ。」 珍しい我々。農閑期でもあるこの時期、島の人たちは本当に特にすることもないのだそうだ。。


早速島内を散策。道は大きく3つに分かれている。まずは右に向かう。ここは島の中心部で集落があるところ。左右の家々を見ながら、「いいねぇ」「いいねぇ」の連発。怪しい我々の臭いを嗅ぎ、吠え続ける犬達。この季節は本当に閑散としている。素早くオリオンビールの自動販売機をチェックする者。シーサーを見て、デジカメを合わせている者。すれ違うおばあさんに「こんにちはぁっ」と挨拶する者。小さな離島初上陸に戸惑いつつも淡々と歩を進める者。集団から離れ、白いブーゲンビリアの前でじっと見つめている者。沖縄なのに「寒っ」と肩をすくめる者(沖縄でも寒い時は寒いのです)。

突き当たりは学校だった。「水納島小中学校」。意外なことに立派な学校であった。集落に溶け込み違和感なくつながる校舎と校庭。隣には教員宿舎(独身用)と思われる2階建ての建物もあった。水納島に行ったら是非ここに来てみて欲しい。校門脇に、水納島について説明した掲示板があるからだ。近くにある瀬底島から1890年に住民が移り住んできたのがこの島の歴史の始まり。意外に新しい。その後一時人口は120人にまで増えるが、現在は50人に落ち着いている。色々なことがあったあことが分かる。人の住むところには歴史があるのである。

港の観光案内板に書いてあった「牛小屋」を目指す。周りはススキが生い茂っていた。誰ともなしに「ススキヶ原」と名付けて話題にする。牛小屋は牛小屋だった。そのまんま。数頭の肉牛と、それぞれの後ろにいる子牛。黒々とした毛並みが立派であった。草を差し出して近寄る牛の頭を撫でる。牛の頭は大きく、角も威嚇的であるが、目はなかなか可愛い。懸命にエサを食べる牛の頭をおっかなびっくり撫でつつ、「腹減ったさぁ〜」。

さらに道を進む。道はけもの道になりつつある。野生のカンで分かれ道を右に。小さな島なのに、散策し始めてから海を見ていなかった。それほど寒くないのは、周りが木々で覆われているからだろう。島の位置を考えると、冬場は北風や西風がかなり強く吹くと思われる。集落では感じない自然の厳しさ。歩いてまもなくたどり着いた海岸は風が強く吹いていた。
島の西端部に到着。隆起した沖縄石灰岩がゴツゴツする岩場に幅10m程度の広さで広がる砂浜。目の前の波はやや強く、油断するとあっという間に沖に連れていかれそうな雰囲気であった。

ぐっと暗くなり、北からの風が強くなってきた。寒い風という表現より、強い風である。次は島の東側に向かって歩く。もう島の半分を探訪したのだ。分かりやすい1本道を進む。集落を過ぎ、畑の中へ。次第に道がけものみちになってくる。そして後ろを歩いている者が一人、また一人と闇の中へ。。。というのは冗談だが、不気味な感じが漂ってきた。こんな時、1人だと本当に心細いし何か神憑り的なものを感じたりしても不思議ではない。

思いっきり道を間違えたらしい。街灯もないので、「未知の道」についてはなんの確信も持てない。集団でいるのになんとなく心細い。お腹も心細い。皆の足は自然と元来た方向へ。。。分もしないうちに全く違う方向にでた。灯台がある。水納島灯台だ。島の北東部すなわち沖縄本島に近いところにある。水納島と瀬底島の間の交通を司る役割を果たしているのかも知れない。

更に奥に進むと、急に道が下りになった。今まで聞こえていなかった波の音が聞こえる。東側の海岸に出たようだ。海岸は広い珊瑚礁の砂浜になっていた。沖縄本島の姿がうっすらと見える。12月。さすがの沖縄も海岸沿いは寒い。「明日の日の出ポイントはここだね」と確認しあい、宿へと戻ることにした。

もう夕食の準備ができている様子だった。料理は魚がメイン。グルクンもベスト!中味汁がおいしかった!それから、沖縄と言えばポーク。一切れのポークを押しいただくようにして少しずつかじる私。

要するに、「おいしかった」訳ですな。中味汁もごはんも思いっきりみんなお替わりしまくり。

夜、部屋に戻って宴会タイム。テレビを見ながら、「沖縄っていいねぇ〜」を連発。本島で調達してきた色々な食べ物を賞味した。

「オリオンビアナッツ」・・・オリオンビール工場で調達。一部の店舗でも1袋40円程度で売っている。

泡盛「國華(こっか)」・・・津賀山酒造

泡盛「珊瑚礁(さんごしょう)」・・・山川酒造

「にんにくの黒糖漬け」・・・名前の通り。イメージは「黒糖で甘く柔らかくなったニンニク」だったのだが、、、袋を開けて不安が。。。非常に酸っぱい。大きならっきょうという感じだった。私にはちょっと合わなかった。。。

(左写真) 「モーイ豆腐」・・・もずくや他の野菜をゼラチン状に固めたもの。「そのままでもおいしい」という意見もあるが、私は「ちょっと醤油をたらして食べたい」という感じ。

2日目っ!

朝5時30分。起床。水納島からの朝日は沖縄本島から上る。まだまだ暗い中、のっそりと準備を始め、6時頃出発。昨日の夜「この砂浜って港の方からつながっているんじゃないか?」という説を信じてまずは港に向かう。水納島の港からは非常に明るい光の点が彼方に見えた。伊江島だ。ビニルハウスの栽培のために明るい光を夜間も放っているのだという。昔、伊江島に行った経験から、タッチューのある場所もすぐ分かった。うっすらと頭が見えている。港に出る。風は寒い。港は北に向いており、冬の沖縄は北風が強い。タオルを首にまき、両手をポケットに入れて肩をすくめながら海岸を歩いた。5分も歩くと、目の前には島がうっすら見えてきた。瀬底島だ。奥の沖縄本島に比べて島の輪郭がはっきりしてきている。昔、あの瀬底島から数人がこの水納島に渡ってきたのだ。どんな思いだったのだろう。近くに常に見えていた島であろうから、それほどの悲痛な思いはなかったであろうと想像できるが、それでも未開の地である。逆に、それまでの間に人が上陸していなかったのが不思議である。

などということは、当時全然思いもせず「さ、さむ〜い」の連発だったりする。それでも空が明るくなってきて、「朝日」を迎える準備が着々と整ってきた。冬の日の出は方角的には南東から上る。待ちかまえていると、空はすっかり明るくなった。「今日は出ないねぇ」とあきらめがちの我々。さらに島の周囲を回ろうと歩き出したところ後ろを歩いていたメンバーから声が。「あ〜太陽だぁ!」

すかさず振り向くと、本島の山々のちょうど低くなっているところから、明るい日差しがパァっと吹き出した。あっという間にそらが明るくなっていく。水平線より少し高いところから、太陽が姿を表したため、すでにかなり明るい。眩しい。神々しい。程なくして水面にオレンジの「太陽の道」が見えてきた。この道は日の出の中でも数分間しか見ることができない貴重なものである。

しばらく並んで日の出を見ていた我々。島の日の出はなんとすばらしいものなのだろう。瀬底島が見える。太陽の光が全てを照らす。

「グー」寝ているのではない。お腹が鳴ったのである。隣りに立っているやつのお腹が鳴ったのである。波の音がかなり近くに聞こえるのに聞こえたのである。お腹空いた。

昨晩通った道を戻る。

灯台を通り過ぎ、集落へ。ニワトリの泣き声。たくさん飼われている。不意に一人が手を叩きながら駆け出した。いっせいについていくニワトリ達。もう一人が同じく駆け出す。

コケッコケッとニワトリはあっちへ行きこっちへ行き。。2人の動きに右往左往のニワトリ。出遅れ3人目がニワトリ小屋に近づいたときは、もうどのニワトリもなーんにも反応しなかった。勝ち誇る3人。でも3人はニワトリを見て走った時点で負けてると思う。。。。

朝食。あっさりとしてまったり。ポーク卵がやたらとうまい。

昼寝。なんだか部屋の中が酒臭いような気がしないでもない。自分としてはせっかく島に来ているのに部屋にいるなんてもったいないという貧乏根性が出てきた。で、散歩開始。

港に行ってみる。この港は島の北部にあり、伊江島が近くに見えるのだ。少々曇り気味だったが、タッチューがよく見えた。少したたずんでいると、空が慌ただしく晴れ始め、虹が一瞬見えた。感動的。でも寒いことは寒かった。

「水納島旅客待合所」閑散としている。というか、人は0。立派です。一角に畳敷きの部屋があった。

戻って来て、一休み。二休み。

またもや外が騒がしくなってきた。外に出ると一人が島の南部を散歩したらしく、「おもしろかったよぉ」と報告する。

みんなぼちぼち起き出して、「じゃぁ朝の探検に行くか!」その前に、なぜか布団に積み重なって遊ぶ。。。。

おもしろい車を発見! 歩いて数分のところにある民宿らしき建物に停めてあった車は笑っていた。

迷うはずもないので若干回り道。道には無数の穴が。。。ヤシガニの開けた穴だった。道脇には焼却炉。某ドラえもんが間もなく火に包まれるところであった。合掌。

水納島はクロワッサンアイランドと呼ばれている、その内側の入江に到着。水は冷たい。ここからも船が出入りできるようで、何艘もの船が並んでいた。

道端に、小人がいる。この島には数人の小人がいるのだ。もし水納島に行かれる事があれば、探してみてください。

これが、渡久地で調達してきたかまぼこ。(数種類の内、1つ。)おいしかったよ。。。

朝の船で水納島を出発。一日限りの滞在であったが島を体験・満喫できた。同行したメンバーの中には沖縄が初めての者がいたが、初・沖縄にしていきなりの水納島は賞賛に値するのではないだろうか!さすがコーディネーター!(自画自賛)

往復の船代は2003年12月現在710円でした。

※ちなみに、夏の水納島は最高のビーチのひとつとして沖縄の人たちに親しまれ、港脇の砂浜は海水浴客で大変な賑わいになるそうだ。沖縄の夏の遊びを満喫したい方は、そういうときにどうぞ!

以上。



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